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<title>～野の花のように～</title>
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<description>素敵に歳をとりたいわたくしです(^_^)</description>
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<title>あのハゲネズミには</title>
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<description>　織田信長というと、近寄れば背中の日本刀でいきなり斬りつけられそうで、まるで親し...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/10/26/pict0027.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0027&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0027&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/10/26/pict0027.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　織田信長というと、近寄れば背中の日本刀でいきなり斬りつけられそうで、まるで親しみを持てないとずっと思っていたが、渡部昇一著『なでしこ日本史』を読んでいささか認識が変わった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　秀吉が寧々を妻に迎えるころ、秀吉は赤貧洗うが如しの貧乏ぶりであった。スノコの上にワラを敷き新婦を迎え、欠けた茶碗で固めの盃を交わしたそうである。それなのに秀吉ときたら、妻の内助の功も忘れたふりをし、出世するにつれ多くの女性を追いかけ回し、お尻があたたまるヒマもないのだった。若き日の寧々は嫉妬心もあり信長に「うちの人に意見の一つも言ってください」と愚痴を書き送ったことがあった。すると信長から折り返し手紙が来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　“あのハゲネズミ（秀吉）には、あなたのようないい女房が二度と現れることはないのだから、奥方らしく、落ち着いてすごすように”&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それを読んで私は思った。信長という人は案外とユーモアもあり、人の心の機微もわかる人なのかもしれないと。　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　信長が死去し、最高権力者となってからの秀吉は、世が世であれば手も出せないような身分の女性を次々に側室にしてしまうのだから、寧々としては穏やかではいられなかったことであろう。それでも秀吉によく仕えよく耐えたのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　秀吉が関白の位を得ると、寧々は北政所と呼ばれ、最後には三后に準じて従一位となる。三后というのは太皇太后、皇太后、皇后をいうそうで、それに準じるというのは、これは日本の女性としてはもうこれ以上の位はない、ということである。そういう名誉ある位を得たからといって、寧々がほんとうに幸せだったかどうかは疑問だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　淀君が子供を連れて大阪城に移ってくると、寧々はささっと身をひるがえし、京都の高台院に入ってしまう。のちに豊臣家が存続するかどうかの瀬戸際のときには、家康にくみして関が原の戦いの動きを左右したのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あのような時代に秀吉のような夫を持った女の心理はどのようなものであったか興味深い。寧々と同時代を生きた、前田利家の妻　まつ、山内一豊の妻　千代などの生き方も魅力的だ。才気煥発だったと言われる彼女らの大きな働きがなかりせば、夫たちがめでたくも一国一城の主となれたかどうかはわからないのではないだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は吉川英治の『新書太閤記』はあまりにも長々と続くので、途中で頓挫したまま読み終えていないけれど、そこではたいそう秀吉に友好的な書き方だったと思う。しかし男たちがヒーローの物語もいいけれど、女たちの生き様に視点を当てた物語も、おもしろいのではないだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　調べてみたら、『おんな太閤記』というのがすでに書かれていてドラマにもなっているのだった。　アマゾンで買いましょ、と思ったら、これはプレミアムがついていて、かなり高いことがわかった。では、と近くの図書館に行ってみたら、県立図書館から取り寄せてあげます、ということだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　本が届くのも楽しみだ。DVDもあるそうだから、そのうち秋の夜長にゆるゆると観てみたいものである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-27T19:53:55+09:00</dc:date>
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<title>この栗ご飯はおいしい</title>
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<description>　今年は栗が豊作だったらしく、我が家でもあちこちから沢山の栗をいただいた。なかに...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/10/11/pict0014_2.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0014_2&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0014_2&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/10/11/pict0014_2.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　今年は栗が豊作だったらしく、我が家でもあちこちから沢山の栗をいただいた。なかにはイガのついたままのもあって、これはどうしたらよいものか、と思ったら、長靴をはいた足で踏んづけて、それから長い火箸で栗をとりあげるのが一番よろしいと聞いた。これはなかなか楽しい作業でついつい夢中になってイガ取りに励んでしまった。　イガの硬いトゲは堆肥になりにくいし危ないので、燃やして灰にした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　イガをとったらクリクリ坊主（栗むき器）で皮をむき、ちょっとばかりボイルして冷凍保存。冷凍庫に栗がごろごろはいっているのを見ると、たいそう豊かになったような気がするものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて、3年位前にもと旅館のおかみさんによるサザエご飯の炊き方を書いた。これは何故か、見知らぬ人々からよく読まれているようだけれど、今回は栗ご飯の巻。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　おばさまは86歳になったがますます元気。二升分くらいの栗ご飯はあっというまに炊いてしまって、隣近所、息子に娘のうち、はたまた孫のうちまで、きれいなお重に詰めて配って回る元気さである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　おばさまはどんなふうに炊くかというと、分量などはおおざっぱですべてカンによる。だからなにもかもテキトーでいいのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まず栗は、渋皮が少々残っているくらいにむく。そうするとご飯がほんのり桜色に染まり美しいのだ。つぎに栗はほどよい大きさに切る。お米と栗と適量の水を入れたら、砂糖少々と塩を入れる。これも自分で納得した量を適当に入れる。そうして炊いたらハイ！おいしい栗ご飯の出来上がりだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　おばさまは息子や娘の誕生日には自ら腕をふるって誕生パーティのご馳走をこしらえる。おばさまの料理は昔ながらのおふくろの味だ。そんな日は孫、ひ孫たちまで勢ぞろいして、にぎやかに過ごすそうだ。おふくろの味、おばあちゃんの味は今なお皆から喜ばれ、心待ちにされているそうである。おばさまはついこの間まで、忙しいお嫁さんに代わって、毎朝、高校生の孫さんのお弁当まで作って持たせていたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　86歳になっても得意の料理で、周りの人を喜ばせることが出来る人などそう滅多にいないのではないだろうか。親の鑑、姑のかがみみたいなおばさまの真似は果たしてできるのだろうか。そんなことを私たち嫁仲間はいつも話しているのである。誰かご飯作って私に食べさせてよ！と私などは内心思ってるものだから、おばさまの偉大さに打たれるのである。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>食べ物</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-12T22:42:24+09:00</dc:date>
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<title>ブーニンじゃなきゃイヤ</title>
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<description>　さて三枚頼んだCDのうち一番最初に届いたのはマイケル　ジャクソンのCDだった。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/09/27/pict0025.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0025&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0025&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/09/27/pict0025.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt;　さて三枚頼んだCDのうち一番最初に届いたのはマイケル　ジャクソンのCDだった。早速聴いてみると、このあいだラジオで初めて聴いたのはHEAL　THE　 WORLD&amp;nbsp; であろうと思った。バラード風のとてもいい曲で、これならオバサン好みだ。ラジオでは塾の先生が、この歌詞がとてもよろしいので、英語の教材として全国的に使われるように努力したい、と話していたのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私はまた、マイケルのDVDもちょっと見てみたのだが、熱狂のあまり、卒倒せんばかりの人々がたーくさんいるのを見た。スーパースターと言われるだけの何かがあるのだろうな、と思った。けれど何度も聴いているとなによりビートがきいていて、なかなかいい曲ばかりに思われてくるから不思議だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて次にやってきたのは荘村清志さんのギター曲だ。驚いたことに、なにかのお間違いでは～？と言いたいくらいにお値段が高かった。調べてもらったら、プレミアムがついているとのことだった。なんでもこの荘村さんという人は、今やギター界の第一人者だそうである。小さいときから天才少年と言われてきたのだ。ギターは小さなオーケストラといわれるそうだが、よくギター１本でこれだけ演奏できるものよと、感心するばかりだ。　　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　最後にやってきたのは発売になったばかりの辻井伸行さんのCDだ。以前何かで読んだことがあるのだが、全盲の人がピアノを弾くとき最大の難関は、たとえば低音部から高音部へ一気に跳躍するとき、とんでもないキーを叩いてしまうこと、だそうである。アマチュアだったら「ちょっと、間違えました～」と笑っていられるかもしれないが、プロだとそうはいかないであろう。一体全体どうなっているのだろう。これは神業か、まるで指に眼がついているみたいに流暢そのものなのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　辻井さんの母上が書いておられるが、伸行さん生後8ヶ月のころには、ショパンの英雄ポロネーズを聴かせていたそうである。そのCDを流すととても機嫌よく手足をばたばたさせてリズムを取ることができたのだ。ある日のこと、そのCDが傷んでしまったので、別のを買いに行き取り替えたところ、どうしても坊やの機嫌が良くならない。あやしたりなだめたりしてもダメなので、改めてCDのジャケットを見比べてみたところ、前のものはブーニンのもので、後のはサンソン・フランソワ。同じ曲を演奏していても坊やにとっては別のものだったのである。それで急いでブーニンのものを買い求め聴かせたところ、機嫌が直ったそうである。そんなことも耳の力が人並み以上に優れていた、という証明になるのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小さいからといって手加減せずに、ちゃんとした音楽を聴かせたほうがいいですよ、とその本に書いてあったので、私はマゴ（今、マゴ一歳半、我が家に逗留中）の情操教育のため、BGMとしてクラシックを流すことにした。ところがマゴは一向に反応しない。なぜか重たいものが大好きで、いつも身に余るような重たいものをエンエンと運んでいるのだ。ある時は何を思ったか、ひいおばあちゃんの大切な博多人形（ガラスのケースにはいっている）を、ヨロヨロしながら運んでいて、私は悲鳴をあげた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　音でよく反応するのは玄関のピンポンだろうか。これが聞こえるとなにもかも放り出して玄関へダッシュする。そんなこんなを見てたら、私はもう情操教育をやめることにしたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-09-28T21:28:14+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-0ffc.html">
<title>今日の風　なに色？</title>
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<description>　もう二ヶ月くらい前のことなのだが、車を運転しているときラジオをつけたら、なんと...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/09/19/pict0008.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0008&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0008&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/09/19/pict0008.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　もう二ヶ月くらい前のことなのだが、車を運転しているときラジオをつけたら、なんとも甘くやさしい女性らしい声の歌声が流れてきた。さて誰だろう、カレンか、エンヤか。あとでわかったのだが、それはなんとマイケル　ジャクソンの声であったのだ。よくテレビのニュースで彼のパフォーマンスを見ることはあっても、その声を聴いたことは一度もなかった。へぇー、こんな声だったのか。興味をもったので、一番スタンダードなのを一枚、CDを買うことにした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　雑誌を読んでいたら、ギタリストの荘村清志さんのことが書いてあった。荘村さんはナルシソ・イエペスという先生に師事したのだが、先生は映画『禁じられた遊び』の主題曲を弾いた人であった。もともとこの曲は、その当時もっとも有名なギタリストである、なんとかという人が弾くことになっていたのだが、映画の制作費がかさんできたためギャラを節約すべく、当時まだ無名であったイエペス氏に白羽の矢が立ったのであった。（　私は“禁じられた遊び”ってどんなお遊びだろう、と映画を観るまでずっと疑問に思っていたが、子供のお墓遊びのことだったのね。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さてイエペス先生は大変な人格者であったという。荘村さん自身、一度も声高く叱られたことなどないそうだが、周りの人すべてに対して怒ったり、威張ったりすることがなかったそうである。「キヨシ、こんな弾き方を発見したぞ」とかこんな弾き方もあるね、と楽しそうで幸せそうな表情で嬉々としてギターを弾いていたそうである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ふつう人に何かを教えるというと、覚えの悪い生徒にイライラして、ちゃんと練習してきたのか、予習してきたのか、と言ってみたり、お尻のひとつも叩きたくなったりするものだが、イエペス先生は実に謙虚であった。荘村さんはそういう先生の偉大さに打たれ、一所懸命に弾き方を学び、先生に追いつこうと頑張ったのだそうである。イエペス先生もエライが荘村さんもたいしたものである。でそのCDを一枚求めることにした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　先ごろ、国際的なピアノのコンクールで優勝した辻井伸行さんの母、辻井いつ子さんが書かれた『今日の風　なに色？』を読んだ。母上は眼が見えない息子さんに色というものを理解させるため、「リンゴの赤」とか「バナナの黄色」とか、物にはなんにでも色というものがあることを教えていた。すると坊やはあるとき言ったそうである。「今日の風　なに色？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　辻井伸行さんは小学五年生のときの、コンクールの演奏後の感想をつぎのように書いている。“グリーグの『風の精』は、僕は小さい頃から風が大好きで、風が吹いてくるといつも立ち止まって、今日の風はどういう風かと想像するので、そんなことを考えながら弾きました。”&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は読んでいて少々恥ずかしくなった。私は風が吹いているとどういうふうに考えるかというと、、、。「この風だったら、よくアゴ（魚）が獲れるだろうなー」とか「こんなひどいシケだったらフェリーはともかく、高速船は欠航するだろうなー、船酔いの薬を飲んだほうがいいかなー」とかそんなことしか考えていないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これからは眼をつぶって風を感じたら　「今日の風はどんな風かしらー」ともっと高尚なことを考えることにしようか。それで辻井さんのCDも一枚、これも買って聴いてみましょう。　つづく&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-09-20T22:20:07+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post.html">
<title>もしも宝くじに当たったら</title>
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<description>新聞記事によると、イタリアで宝くじに当たった人がいて、それが莫大な金額なのだそう...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/09/06/pict0012.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0012&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0012&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/09/06/pict0012.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 新聞記事によると、イタリアで宝くじに当たった人がいて、それが莫大な金額なのだそうだ。こんな幸運が突然舞い込んできたら、普通の人は人格を豹変させずにすむのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　雑誌で読んだのだが、アメリカで、ある機関が過去、宝くじ（と言うのかどうか知らないが）に当たった人１００人の追跡調査をしたところ、99人までが、訴訟中であったという。それまで家族仲良く暮らしていたというのに、大金を目の当たりにするや、夫や妻、親子のあいだで、「沢山あるんだから半分寄こせ」などと言い出して、お金をめぐるトラブルが発生したということなのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一人だけ、それまでと同じ暮らしをしている人がいた。その人はお金を銀行に預けたままにして、これまでどおり農業をしている、ということだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて、当たるといえば、私は数日前、ごま油を買ったのだが、それにはひらひらした紙切れがついていて、虫メガネでよくよく読んだら、「この応募券をハガキに貼り付けて送ったら、5000円当たります」と書いてあるのだった。ちょうど手元に未使用の年賀ハガキが一枚あったので、それに貼り付け投函することにした。するとなんだかとてもハッピーな気持ちになったのだ。忘れた頃に「ハイ、5000円当たりました～」なんてことになったら嬉しいものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　友達によると、こういうものは割りと当たりやすいらしく、シリアルについていた券を送ったところ、全部当たりで、次から次にお皿が送られてきたというのだ。虫メガネで読まなくてはいけないとなると、誰でもおっくうになるものだから、これは意外と穴場で、確率は高いかもしれぬよ。　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　実は私はまだ、宝くじというものを買ったことがない。売ってるところを横目で見ながら素通りしているのだが、一度くらい買ってみて楽しい夢をみてみたいものである。なんでもバラで買ったり、ツヅキで買ったりするのもお楽しみのうちだそうではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　けれどどうしようか、もしも宝くじが当たったら、、、。突如としてお金持ちになったがゆえに不幸になった人たちのことを私たちは知っている。それまでビンボーでも平和に暮らしていたというのに、お金をみたとたん、目の色を変え、骨肉の争いをやりだした人は多い。ではこっそり誰にも知られずに、当たったお金をゲットする方法がないものだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　けれど、それが出来たとしても、お金というものは盛大に無駄使いしてこそ楽しいのに、ひっそりと隠し持っていたとしても、なにが楽しいといえよう。う～ん、悩んでしまうな～。うちの子供たちがお金を見て、人格の荒廃を招くようだったら、宝くじで当たったお金のことは教えないほうがよかろう、と思うし、、、。悩ましいなぁ～。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>家族</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-09-07T21:51:41+09:00</dc:date>
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<title>なんてったって女は強いな～＾＾</title>
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<description>夫が、「もうあの妻と一緒には暮らせない、外に好きな女のひとがいるので、そのひとと...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/08/24/pict0043.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0043&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0043&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/08/24/pict0043.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 夫が、「もうあの妻と一緒には暮らせない、外に好きな女のひとがいるので、そのひととやり直したい」という意向をまず打ち明けたのは、その母にであった。家系を乱す行いを忌み嫌っている母こそ、まず説得せねばならないのであった。そしてそのことを嫁は姑から伝えられたのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから姑上は付け加えて言った。「この際、あなたにも言っておきますけど、文彦（冬彦ではありません）がこんな気持ちになったというのは、あなた側にも多分に責任があるってこと、よく考えておいてちょうだいね。私から見ても、あなたはこの頃、なんだか書くことに夢中で、家のことには上の空よ。それが文彦にも伝わるんです！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それからまた言った。「あなた、最近何のかんのと理由みつけて、教会から遠ざかっていますね、それがいけないのよ、神様を忘れているのが。それが根本の原因よ、分かって？　これを機にちゃんと教会へいらっしゃいね。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　へんによそよそしいと思ってはいたがなんだ、そうだったのか。夫からの別れ話を聞いて妻は思った。よし、こうなったからには、文彦にはなるべく平静に接しよう。おそらく別れも近いのであろうから、、、。ところが夜更けて夫が帰ってくると、冷静ではいられなかった。　以下少々、とても迫力のあるシーンを抜粋してみることにしましょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　“夫の顔を見るや私は煮え湯を浴びた猫のように跳ね上がり、いきなり　「女がいるんだってねえ」とヤクザのような口調で叫んでしまったのだった。「おかあさんに打ち明けたんだって？お嫁さん替えたいんですけどって。まあまあ、いつまでもお母さんが怖くてお気の毒なこと。私に直接言って下されば良かったのに。私もそれほど物分りは悪くないつもりですよ。嫌われてまであなたにしがみついていようなんて気は、サラサラありませんからね。（中略　）いつだって出てってさしあげます！」　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「いや…」と夫が口を挟もうとした。それをさえぎるように押入れの戸を力まかせに開くと、文彦の寝具一式をわし掴みにして、文彦めがけてポンポン投げ始めた。こんなはずではなかった、と思いながら。そう思えば思うほど、きたないものでもつまみ出し、放り出すように、蒲団を、枕を、寝巻きを、夫に向けて投げつけた。（後略)&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　翌日から私は意識的に文彦をさけ、その持ち物にさえ触れるのを嫌がるそぶりを、わざとのようにして見せた。夫は私の際限もない嫌がらせに耐えねばならなかった”&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、妻を取り替えることはかなりな難事業なのだ。夫だけならともかく、夫の背後にデンと控えている難攻不落の手ごわい母上がいるとわかったら、果たして「ではお嫁に参ります」などと言う殊勝な女がいるのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて私は物語を読んだあと、我が夫に言った。あの赤いプルトニウムの女の子みたいなポーズで、余裕で半分笑いながら。　「女がいるというのであれば、ささっと出ていってあげますけどね。お気の毒だけれど（うちの、あのおかあさまがあなたの後ろにがんばっているようであれば）なかなか再婚までこぎつけるのは難しいんじゃないかしらぁ～？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　すると夫はあっさりと、かつにこやかに言った。「大丈夫だよ～、オフクロだったらすぐに施設に入れるから～♪」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ムムッ、なんということを言うのだ。ってぇーことは何ですかい、古女房（と自分で言いたかぁないが、古いことは古い）には無理難題を平気で押し付けておいて、新しいヨメハンのことはチヤホヤご機嫌をとろう、ってんですかい？　ウーム、敵がそのような心根であれば、こちらも策を練り直さねばならぬ。女のいくさはきりもはてもないようだ、まったく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて物語にかえって、伊吹家で冷戦状態が続き、泥沼化していた頃、これは神の恩寵というべきか、夫にアメリカ出張が命じられたのであった。夫は「留守を頼むよ。僕も少し頭を冷やしてこよう」と言って出かけて行った。そして一年後、帰ってきたときに、「ごめん、悪かった」と妻に謝り、、、ヨリを戻したのでありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ほんとうに、それぞれのうちにドラマがあるものだ。たとえそれが家庭内の出来事であれ、能力のある者は、読む者をうならせるような作品を残すことができる。ところが圧倒的多数のものはそんなことは出来はしないのだから、そのドラマは歴史の片隅にひっそりと埋もれていく、ということになるのでしょうねー。　　おしまい。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>嫁と姑</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-08-24T15:56:01+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-d478.html">
<title>主のみ心ならば</title>
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<description>自由とは自らに由（よ）る、ということであり、それは判断し決断するのも自分なら、行...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/08/16/pict0061.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0061&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0061&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/08/16/pict0061.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 自由とは自らに由（よ）る、ということであり、それは判断し決断するのも自分なら、行動を起こすのも自分だ、それが自由というものらしい。ところが、この物語の著者であるお嫁さんには、姑さんが張り巡らす要塞の中で、自分で優先順位をつけて家事をやる自由はなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　NHKが募集したラジオドラマの脚本が認められて、脚本家として出発できたのだが、思うように原稿用紙に向かう時間がとれないのであった。子供が外で遊んでいる間に、、、と思っているとお姑さまがカシャカシャと茶碗など洗いはじめる。もうどうぞほっといてください！あとでまとめて洗いますから、と言いたいところだが、姑上は家の中に汚れ物やゴミが停滞しているのが大っ嫌い、というのは骨の髄まで染み透りわかっていることであるから、そう言うわけにはいかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そのうち子供が表で泣いていたりすれば姑上は「子供が泣いてますよ。」といちいち教えに来るのだ。おやおや、どうしたの？とみずからめんどうを見てくれるようなことはない。お姑さまは聖書のお勉強やら、短歌を詠むのにお忙しい。あなたの子供でしょ、あなたが責任持って育てるべきです、ということなのだ。これまたほっといてください！と言うわけにはいかない。「私は自分の子供を怪我ひとつさせずに育てました」というのがお姑上のご自慢なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうこうするうちまたもや昼のご飯だ。お姑さまにちゃんとしたご飯を食べさせねばならぬ。　おぉ御飯　ゴハン　ごはん。トシヨリにとって三度三度のご飯をぬかりなくキチンと食べることは、天下の一大事なのだ。（しかし我々もいずれそうなる。年寄りわらうな　行く道だ、と世間さまでも言っている）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ある日のこと、そのころは夫の転勤に伴い、一家は東京に住んでいた。そしてその日、夫はアメリカに出張中のことであったのだが、ラジオドラマの収録があり、夜遅くまで時間がかかることはわかっていた。姑上には「遅くなりますから玄関を閉めてどうぞ先におやすみください」と言い置いて出かけたのだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　録音取りが終わったのは12時を過ぎていた。大急ぎで帰ろうとすると、若いディレクターから「これからちょっと付き合ってくれない？」と誘われた。彼はいつも「あなたは羽目板を一枚つきやぶらなくてはいけない」とけしかけていたのだ。「いえ、なりませぬ、姑が待っておりますゆえに」などと、どうして断ることができるものかは、、、？　なんという甘美なお誘いだろう。窮屈な要塞暮らしの身には史上初の出来事なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夜のとばりが下りた六本木。だがしかし地下にあるBARの重たいドアの中には、急いでオウチに帰らなくてもいい自由を獲得した男や女が紫煙をくゆらし、ワイングラスを持つ手もしなやかで垢抜けていて、高級そうな話に興じているではないか。初めて浸る深夜の世界。初めて食べる料理。これが自由の味なのか！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夜の世界の魅力とワインの酔いも手伝って、陶然とした気分で家にたどり着いたのは午前三時を回っていた。そおっと玄関の鍵をまわすとややっ、鍵は開いているではないか。敷居をまたいだ瞬間、仁王立ちになったお姑さまの激しい叱責が飛んできたのだ。「何時だと思っているの！遅くとも12時までには帰るべきです。パパも留守だってのに、いったい責任をどう感じているんです。ガミガミガミガミ、、、」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんなことこんなコトがあってのち、お嫁さんはとうとうペンを措くことにした。払う犠牲のほうが大きいような気がしてきたのであった。それに夫婦仲もだんだんあやしくなってきていたのだ。テレビドラマ『ただいま11人』とか『みなしごハッチ』などの作品があるそうだが、残念ながら私は見ていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あの結婚の日から40年。最年長者、家長として君臨しつづけて、もうじきに１00歳になろうかというのにお姑さまはまだ元気。お姑さまは年の初めの日記帳にこう書いた。「元旦を　日記開きてヤコブ書の　四章十五節つつしみて記す　主のみ心ならば、生きながらえもし、あの事、この事もしよう」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　著者である伊吹仁美さんは昭和二年生まれとあるから、今生きて在りませば81歳くらいであろうか。お姑さまの覆いかぶさっていない青い空を仰ぎ見る時間があったのだろうかと、私はひと事ながらかなり気にしているのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて私はもういい加減にこのシリーズを終了したいのだけれど、この物語のハイライトとでもいうべきシーンにふれたい気もするので、もう一回書くことにいたしますねー。なんと夫に愛人ができて、お家の騒動が始まってしまうのですね。ではまたのちほど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>嫁と姑</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-08-17T21:21:15+09:00</dc:date>
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<title>明るい灯をともしてほしい・・・</title>
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<description>　　　　　　　　　 『嫁を生きる』の物語は戦争が終わって二年もたたない頃の浜松で...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　　　　　　　　&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/08/02/pict0016.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0016&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0016&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/08/02/pict0016.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 『嫁を生きる』の物語は戦争が終わって二年もたたない頃の浜松で始まる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その町のキリスト教の教会がやっと再建され、献堂式が行われるというとき、信者を代表し、ゆきとどいた立派な祈りを捧げたのが、のちに著者の姑になる女性であった。そのそばに立っていたその人の息子にも会ったのであるが、その時は、わぁ素敵！この人のお嫁さんになりたい、などと思ったわけではなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところがその後、牧師夫人の引き合わせにより、もう一度、会うことになった。そのあと追いかけるように彼からきた手紙は女心をふるわせるような、珠玉のような言葉に満ち溢れていた。「どうか、母と二人きりのさびしい暮らしに加わって、明るい灯をともしてほしい」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この手紙と、メガネの奥の目がやさしそうだった、という理由だけで気持ちは決まった。母一人子一人がひっそりと暮らす小さな家に嫁いでいくことになったのである。おぉこわ～！なんとそれは３０数年前の我が家の構図とまったく一緒ではありませんか！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　思えば若いということは恐れを知らない、ということだろうか。竹やぶの中にヘビの巣があるかもしれないというのに、まるで無防備に丸腰のまま、ヤブの中へ分け入っていこうとするのだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　姑になった人はどんな人だったのか。おっとその前に夫たる人は、というと、その人となりについてはほとんど記述がない。まぁ、若くして未亡人になった母が、女手一つで自分を育ててくれた、という恩義もあることから、母親に対して、まったく頭があがらなかったであろう、ことぐらいは推測できる。夫はひたすら会社へ出かけていき、家では姑と嫁がしのぎをけずることになったのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　姑（おかあさまと呼ぶことにした）は熊本は細川藩に代々仕えた武家の出であった。維新によって、武士が失業を余儀なくされるころ、一族のうちの出世頭が横浜で成功をおさめていたことから、こぞってそちらへ移動していき、姑上はそこでキリスト教に出会い、信奉するようになった。姑上は武士道とキリスト教の二刀流でガチガチに武装したような60歳であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一方、嫁のほうはというと。両親は長くアメリカで暮らしていたそうだから、その考え方や暮らし方は自由な家であっただろう。戦争のさなかでもハイネやチェホフを愛読していたそうであるから、文学少女で夢見る乙女であったのだ。女学校出たての19歳であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　姑上はまず、一日の終わりには必ず、自分に三つ指ついてのおやすみなさいを言うように要求した。ある時、両手がふさがっていたとき、どさくさに紛れこの三つ指ついてを省略しようとした。姑はそれを見逃さず、「荷物はそばに置いてごあいさつをしなさい」と命じた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　子供が生まれてからのこと、ちょっとだけ姑上にめんどうを見てもらうと、それも必ず三つ指ついてのごあいさつをせねばならなかった。客がおつりを待つように、お礼を言われるまで、じっと正座して待っていた、というのだ。（別にめんどうみてもらわなくても、二人の子供くらい一人でなんとかできるのですが、、、）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　封建時代の遺物のような姑上との暮らしが、つまらなくて楽しくなくて不機嫌でいると姑上は言った。「あなたね、イライラしているようだけど、それは教会から遠ざかっているからですよ。これから教会へは必ず行きなさいね」　なんとシュウトメとはうっとうしい存在であろう。そうじゃありませんッ、あなたとこうして密着しているのが苦しくてイライラするんですッ、という訳にはいかない。たしかイエスさまは　“あなたの目の前にいる人を私（イエス・キリスト）と思いなさい”と教えられたはずである。著者自身もキリスト教徒であるからこそジレンマも深いのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何年かたって、、、格子なき牢獄のような暮らしに、一条の光明が見えてきた。こっそり書いて応募したラジオドラマの脚本が、二千篇の中から、一等に選ばれたのであった。注文も舞い込むようになり、だんだんと忙しくなってきた。ヤッホー！これで姑の支配圏から抜け出し、オソトのおいしい空気を吸えるぞー！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　と喜ぶのは早かった。この姑を家に置いて外にでるのは、生半なことではなかったのである。　つづく&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>嫁と姑</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-08-05T21:46:08+09:00</dc:date>
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<title>嫁を生きる</title>
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<description>　去年の秋も深まったころのこと、近くの図書館で古本まつりというのがあった。これは...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/07/26/pict0008.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0008&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0008&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/07/26/pict0008.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　去年の秋も深まったころのこと、近くの図書館で古本まつりというのがあった。これは図書館が廃棄図書として処分する本や、家庭からもうイラナイといって持ち込まれた本を、タダでもらえる催しである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ちょっと見てまわっているうち、私は『嫁を生きる』という本に目がとまった。厚さが２．５センチほどもあるその本は伊吹仁美著、講談社刊であった。さぁこれを貰って帰ろうか、どうしようか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　考えてみれば、　私はもうウンザリするほど長々と嫁を生きているのである。嫁の考えそうなことはもうぜぇ～んぶ聞かんでもわかっておりますよ。もうよそのうちのすったもんだまで追体験することはなかろう。要らない、と思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　このごろ、泉ピン子さんが姑役のドラマが始まった、と教えてくれた人がいる。おもしろいのよ～とその人は言った。けれど私は嫁姑の話は苦手だ。どうせ姑が次から次へと無理難題を持ち出し、それに若い嫁が、オロオロハラハラしながら、あるいは腹をたてながらなんとか姑の意に沿うよう努力奮闘する、というストーリーであろうと思う。そんなことはわかってますってば。もうじめじめした愚痴っぽい話しは聞きたくもないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし待てよ。今までにこういった極めて家庭的な題材で書かれた作品を読んだことがあっただろうか。ノンだ。数年前のことだけれど、著名人と言われる人々が寄稿した『嫁姑論』というのを読んだことがある。さぁて先生たちはどんなことを書いているのか、私は喜び勇んで読みだした。ところがそこには通りいっぺんなこと、大昔からの家庭制度の変遷だとかどうでもよいことしか書かれていなかった。「あなたのおうちではどうですか？」と聞きたいのに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それは仕方のないことではあろう。先生がたにも大事に守っていたい家庭があるのだ。本気でまじめに嫁姑論など書いたらその先生のうちは一瞬にして崩壊するであろう。それほど家庭内のことはデリケートで壊れやすいのだ。だから誰も手を出しにくいテーマであろうと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それなのに、この著者は勇気をもってこの本を書き上げたのだ。　ではありがたく頂いていくことにするか。なんてったてタダなのだ。読む気になれないときはまた、そっと返せばいいのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で私はその本を持ち帰り本棚に並べた。（背表紙はあちら側にむけて）　そしてやっとこのたびその本を読んだ。いや～おもしろかったです。息もつかせぬおもしろさ。ヨメの心理というものをこんなに深くあからさまに、そしていさぎよく書いたものに出会ったのは初めてであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　“おもしろいことに、愚痴でさえ、表現が下手だとうんざりする話になるが、整理がいいと芸術になり得る　　　曾野綾子　”&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうでした。ほんとうに整理のいいお話で、たいした文学作品だったのでした。つづく&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>嫁と姑</dc:subject>

<dc:creator>なぎさ</dc:creator>
<dc:date>2009-07-29T21:33:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-71a4.html">
<title>ワカチコできます！</title>
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<description>　 　　　　　　　 さて“ゆってぃ”君は登場すると、「ゆってぃーね、きのうねー」...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/07/17/pict0017_2.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Pict0017_2&quot; height=&quot;75&quot; alt=&quot;Pict0017_2&quot; src=&quot;http://hanamizuki-sy.cocolog-nifty.com/blog/images/2009/07/17/pict0017_2.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　　　　　　　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて“ゆってぃ”君は登場すると、「ゆってぃーね、きのうねー」とか言っていろいろおもしろい話を披露してくれるのだが、私が気にいってるのは「強～烈！　小さいことは気にするな！それ　ワカチコ　ワカチコ！」と元気よく言ってくれることだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ワカチコとは若さと知性と根性を合体させたものらしい。小さいことは気にせず、若さと知性と根性でこの世の荒波を乗り越えよ！というメッセージなのだ。　もはや若さも知性も根性も底をついたおばさんにとっては、たとえテレビ画面からであっても、そう言って激励してくれると嬉しいものだ。私って意外と？アンビリバボーかもしれないけれど、大きいことも小さいことも気にするヒトなのよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そのワカチコの振りを私はマゴに教えることにした。「それ！ワカチコワカチコ！」と声をかけると、にこにこしながらお尻をモコモコ、おテテをフリフリするのだ。それがまたかわゆいのよねー！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私はうちに遊びに来るおばさま達に言った。この子、ワカチコできるんですー。それからマゴに「さ、○○ちゃん、ワカチコやって！」と言えば喜んでフリフリするのだ。　ところがおばさま達はお笑い番組など見たこともないから、なにがワカチコやら全然おわかりではないのだ。　（見たっておわかりにはならないでしょう）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マゴは帰って行った、ワカチコの芸とともに。　マゴが帰ったあと、うちへ来たおばさまが言った。「あら～、お孫さん帰ったんですか？さびしくなりましたねー。でもあのお孫さん、まるでイシみたいに重かったですねー」。　え？イシ？イシってなんですか？と私は訊いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　石、ですよ、とおば様は言った。それを聞いて私達は満点大笑いをした。マゴは来たときは11キロあったのだが、一ヵ月半うちにいて、帰るときには半キロふえていた。80歳のおばさまにはまるで石のように重たかったのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マゴはいまごろパパにワカチコをしてみせているんだろうなー。マゴって、来るのもうれしいものだが、帰っていくのもまたいいものだよなー＾＾&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>家族</dc:subject>

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