アンコをじょうずに包む方法

 知り合いのパンやさんが廃業したとき、私はアンベラ(アンコ用のヘラ)を一本ゆずりうけた。パンやさんは見事な早技で、アズキのアンコやジャム、クリームなどを包んでいたものだが、これを自分でやるとなると、実に難しいものだ。

 この時期はイースト菌が発酵しやすいこともあって、私はよくこのまんじゅうを作るが、生地がやわらかいところに、やわらかいアンコを包むという作業は至難の業だ。シロウトが包むと、まんじゅうの底の部分は、まるで牛乳瓶の底みたいに分厚くなってしまって、アンコはかたよるしで、見栄えがよろしくない。

 そこで私は考えた。アンコを丸めて冷凍して固くしておけば、包みやすいんじゃないの?で、そのようにしたらほーんとに楽チンにして品よく包めるようになったのだ。少々蒸す時間を長くすればいいのだし。

 このあいだ、お昼前に「キューピー三分クッキング」を見ていたら、ゴマ団子の作り方をやっていた。そういえば久しいことゴマ団子など作っていないなー、とさっそく米粉を用意し作ることにした。アンコはもちろん冷凍アンコ。アンコが固いので上手に包むことができて大満足。

 それではと油で揚げ始めた。こんがりと揚がって、さぁどうだ、と団子を割ってみれば、生地とアンコが接触しているところがベタッとしていて、中のほうは火が通っていないのだ。では、もう一度と、黒ゴマだか白ゴマだかわからないくらいになるまで揚げたのだが、それでもダメだった。最終的には、電子レンジで加熱して、なんとか食べることが出来たのだった。アンコが冷たく固まっているので、その回りの生地の温度が上がらなかった、ということなのだろう。

 さてこの時期に私がつくるイースト菌のまんじゅうのレシピは以下のごとし。

 薄力粉500グラムと砂糖100グラムをよく混ぜてふるう。イースト菌12グラムほどを水(または牛乳)を300cc、 30度くらいにあたためたもので溶き、粉と混ぜる。塩小さじ二杯ほどはあとから入れる。(塩はイースト菌の活動を弱めるのだそうだ。)あたたかい所に置いて2~3時間たってふくらんできたら、20個ほどに分割。アンコを包む。10分ほど蒸す。以上でふっくらモチモチのおまんじゅうのできあがり。

 冷凍庫の中を調べていたら、去年の秋に、よそ様から頂いていた栗のアンコを発見。さっそくこれをまんじゅうにした。黒砂糖のかたまりをゴロゴロしたまま生地で包んでみたら、これもワイルドで楽しかった。梅雨空の肌寒い日に、手作りのほかほかまんじゅうはとてもいいものだ。

 朝からしとしと雨が降るような日に、まんじゅう作りを思いついて、イーストの匂いがたちこめるのもいとをかし。 マゴがうちにいたころ、「まんじゅうこわい」という絵本を借りてきて読んでやったことなど思いだして、一人でふふ、と笑ったりしたのだった。

 

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柚子は・・・・18年

 五島はこの数日とても暖かで、もう春が来たのかと思ったくらいだ。うららかな気候になるとむしょうに酸っぱいものが食べたくなるような気がする。そんな時に重宝するのが友達から習った特製の合わせ酢だ。

 長年、高校の寮の賄いさんとして働いている Sさんから教わったのだが、寮の厨房ではしょっちゅう合わせ酢を作っていて、酢の物といえばそれで何もかも作るのだそうだ。

 どういう割合かというと、酢 1リットル、砂糖 1キロ、醤油 200mlを合わせて火を通し常備しておき、すし飯だろうが南蛮漬けだろうが、キュウリの酢の物だろうが何でもこれ一本でOK。無くなりそうだとすぐさま補充することになっているとのこと。

  それはいい考えだと、私もさっそく真似をすることにした。うちではその半分の量でこしらえてみたが、少々甘ったるい感じがしたので、砂糖の量は少し減らすことにした。献立によっては胡麻油、辛子、ラー油 わさびなどをちょこちょこと混ぜれば手間いらずで、お味も変幻自在、しかもかなりの時間の短縮ができるのだ。

 さらにまたユズやスダチ、カボス、レモン、ダイダイなどの柑橘類のフレッシュな果汁を加えれば、ぱーっと “トパーズ色の香気がただよい” (これは高村光太郎の智恵子抄からの借用)お味もますますグレードアップすることになる。

  さてこの冬、ずーっと前に植えたものの、なかなか実をつけなかったユズの木に、初めてたわわに実がなった。50個以上もあっただろうか。それまではピンポン玉くらいの貧弱な実が5個くらいしかならなかったのだ。私はせっせとスライスして冷凍したり、果汁をしぼったり、しぼった後の皮を(勿体ないな~と)ハチミツで煮てジャムにしたりと心楽しく作業をした。

 5~6人かでユズ談義をしていると、ある人が言った。「桃栗三年 柿八年というけれど、ユズはバカタレ18年というそうですよ」 「えーっ18年も?」

 私はガーデニングの控えを見た。小さなユズの木を植えたのは平成8年の2月のことで、980円で買っているのだった。とするとちょうど16年経っていることになる。あまりに伸び放題になっていた枝を、思い切って深く剪定したのが功を奏したのかと思っていたが、それ相応の年月をかけてユズの木も成長してくれていたのだろう。

 家の周りに実のなる木があるのはとてもいいものだ。あぁ、花が咲いた 実がなったと毎日、目で見て愉しむ。収穫するのも心がはずむ。食べるのもこれぞ口福というもの。ユズの木さんありがとね~!来年もまたよろしく^^。        私はお礼肥として牛フンと油粕をたっぷりと根元に置いたのでした。 

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アジの干物を揚げる

 テレビを見ていたら、枝元なほみさんが長崎のある漁師町のおばさま方を相手に料理の公開講座をやっていた。いかにしてアジをおいしく食べるかだ。

 枝元さんはアジの干物を油で揚げて食べることを提案していた。ある人から教えてもらってそうしたら、とても美味しかったからと言っていた。おばさま達は、干物を揚げるなんてこと、したことないと言っていた。

 私も干物を揚げるという発想は思いもつかなくて、ドラドラと見入っていると、かなり大きなアジの干物を10数分揚げていた。試食したおばさま達もあ~ら おいしぃ~!アジをこんなふうにして食べるの初めて~!などと言っていた。

 あんなに大きなアジではなくてもと、私は1キロ200円の小アジを買ってきた。数えてみたら36匹。腹の方から左右対称に開き、頭も中骨も付けたまま。網に並べたら食卓塩を丁寧にふって半日、日光浴させた。

 これに小麦粉をはたいて油でからりんこと揚げるのだ。さぁどうだとつまんでみたらサクサクバリバリと食べることができて、しかもあとをひくおいしさ!これだとわざわざボーンフライにすることもなく骨も身も一緒に食べられるのだ。

 私は隣のおばさんにも早速届けたら、え~っ干物を揚げるなんて、と驚いていたが、あとで美味しかった~と感想を聞いた。それからはパパのビールのおつまみにと、しょっちゅう小アジを買いに行っているそうだ。

 しかしサカナなどを干すのはなかなかに難しいことだ。カラスや猫がうるさくてオチオチ干してはいられない。私は草取りをしながら見張っていたのだが、中くらいに忙しい人でないと、そんなことも出来ないかもしれない。それに街なかだと空気も汚れていたりして。するとある人が教えてくれたのだけれど、冷蔵庫の中に拡げていると、干物らしく干からびてくれるのだそうだ。

 ま、これをお読みになった方は、一度アジの干物を揚げてみてくださいませね。病みつきになること請け合いますよ^^

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これはおいしい! 純白のスープ

 先日のこと、なにげなくテレビをつけると、長野県は安曇野の、特産の玉ねぎを使った料理が紹介されていた。なんでも安曇野の玉ねぎは一皮むけば雪のように白く、そのまま生で食べてもグーなのだそうだ。

 安曇野在住のフランス料理のシェフが考案した玉ねぎのスープが絶品で、試食した玉ねぎ農家のおばさん達も「まぁ~!うちの玉ねぎがこんなにおいしいスープになるなんて。初めてこんなおいしいスープを頂きました!いつもは味噌汁に入れるだけでして」とかなんとか言って感動していたものだ。で 私もさっそく作ってみることにしたが、分量などはいい加減ということになります。というのは、魚のアラを焼いて、骨から身をむしりとる作業に没頭しつつテレビを見ていたので、手はベチャベチャでメモをとれなかったものですから。

 材料は玉ねぎと塩と牛乳と生クリームのみ。水は入れない。シェフは生クリームだけ、と言っていたようだけれど、牛乳を入れて増量するのもいいかと私は思います。

 まずは玉ねぎをザクザクと薄く切る。それをバラバラにしながら塩をまぶす。しばらく放置していると水分がでてくるので、それを火にかけ20分ほど煮る。(私はその作業は圧力なべにまかせた) 玉ねぎがやわらかくなったらミキサーにかけて撹拌する。ここでワンポイント。熱いうちにミキサーにかけると惨事が起きるので、必ず冷ましてからスイッチ・オンしてくださいね。もしくは牛乳を入れて温度を下げると冷めるのを待たずにすみます。

 玉ねぎがなめらかになったら鍋に移し牛乳と生クリームを入れて火をとおす。ただそれだけ。味付けは玉ねぎにまぶした塩だけだけれど、これがなぜだかおいしいのだ。もちろん何かクルトンとか黒コショウとか青みのものをパラパラのっけてもいいと思いますが、シェフはそのままにしていました。

 さてこの玉ねぎのスープは家族に好評だったので、大量に作って近くの一人暮らしのおばさま達にも持っていくことにした。(牛乳のパックに入れていくと便利ですね、そのまま置いてこれるから。)我が家の周りには見渡すかぎりに女性の一人暮らしの方は多いのだ。それに反して一人暮らしのおじさまはほとんどいない。やはりなんといっても女性が強いらしく長生きできるのですね。聞くところによると、男はサルから進化して、女はゴリラから進化してきたそうで、だから圧倒的に女が強いらしいです^^。

 さてその純白のスープを近くのKさんに持って行き、かくかくしかじか、こんなふうに作りました、と口上をのべたらKさんは言った。「あらぁ~なぎささん、だったらうちにあるミキサーをもらって~。もうこんなに重たいもの持てないのよね。うちは小さいのがあるからそれで十分。」

 いいえ、うちにはちゃんとミキサーありますから要りません、などとは言わない主義だから有難くいただいてきた。誰か 要ります!という人がいたら差し上げることにしよう。それから私は“わらしべ長者”の物語のことを思い出した。スープがミキサーに化けて、次には何かに化けてと、、、。そのうち長者どんになったらどうしよう、と要らぬ心配をしてしまいました。

 そうそう、このスープは冷めてもおいしかったですよ。安曇野の玉ねぎでなくてもダイジョウブ。3個で100円の玉ねぎでもきっとおいしくなるはずです 作ってみてくださいね^^

 

 

  

 

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お城に入ってこないで

Cimg0030 (つづきまして)さて、その頃、Kさんは80歳くらいだったろうか。奥さんを亡くしたころのことは茫然自失の状態で、何一つ覚えていないと言っていた。

 ぼんやりしている Kさんを見て、近くに住む Kさんの息子夫婦が、これからは夕ごはんを一緒に食べましょうと誘ってくれたのだった。

 Kさんは、その申し出を有難く受け入れ、食費として数万円を渡すことにした。時々お嫁さんが「今日は外食します」と言う日があり、そんな時は「行っておいで」と一万円を差し出した。Kさんは息子の家族と連れ立って外へ食べに行く気にはなれなかったので、自宅で適当に食べていたそうだ。

 そのうちだんだんと、Kさんは息子のうちへいくのがイヤになってきた。というのは息子の娘、すなわち孫娘が(そのころ三歳か四歳)、Kさんが息子のうちの玄関に立つとすぐに奥から走ってきて「どうしておじいちゃんは、マイ(仮名)ちゃんのおうちでごはんを食べるの?」と訊くのだそうだ。Kさんは何と言っていいかわからず「そうだねー、おかあさんにきいてごらん」というよりほかなかった。

 Kさんはいよいよ息子のうちへ行きたくなくなり、今日は寒いから~暗いから~と口実をつくっては行かなくなった。すると嫁さんがお弁当を持ってくるようになったそうである。あいかわらず外食の日には一万円を渡したから、ずいぶんと高い弁当代についたのだった。

 Kさんは言っていた。「孫にとって、私があの子達の家へ行くことは、自分たちの城へズカズカはいってこられるようで、イヤだったんでしょうなー」

 私はうちのマゴの「好キクナ-イ!」発言を聞いたときすぐに、忘却のかなたからKさんの言葉を思い出していたのだった。マゴも多分、大阪のパパとママとボクの三人の家に、“ちょっと部外者の”おばあちゃんに入ってきて欲しくない、という心理がはたらいたのかもしれなかった。 

 さきほどちょっと用事があって大阪の娘のところに電話をすると、マゴがにぎやかにしゃべっている声が聞こえてきた。ひらがなを少し読めるようになったので、絵本をパパに読んできかせているのだという。そうかいそうかい、イイヨイイヨ そちらで幸せにやっとくれ。こちらのことはお気づかいなく。せまいながらも楽しい我が家、イエ 城の中で幸せにやってねー、とココロで思いながら受話器を置いたのでありました。

 

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かもめの玉子はあひるのたまご

Cimg0025 岩手県というのは私にとって遠いとおい所だった。まず誰一人として知り合いはいないし、思いつくことといえば、宮沢賢治と遠野物語くらいだろうか。

 けれどこのあいだ、岩手県に急接近したのだ。近くのマーケットで岩手県の物産展が開かれたので、私は喜び勇んで出かけていった。

 塩ネギ、とか漬物などもあったが私はもっぱらスウィーツの方をうろうろして、沢山買いこんできた。ごま摺り団子4種、黒砂糖や栗を練りこんだ羊羹、(幻の)アンドーナツ、手焼きせんべいetc.。中でも気に入ったのは佐藤製菓の“かもめの玉子”だ。

 これはちょうど小ぶりの鶏卵ほどの大きさで、ほくほくの黄身餡がはいっており、外側はホワイトチョコでコーティングされているので、いかにも ゆで卵を食べてます、という感じの、甘くやさしくグーな食感なのだ。私はまた翌日も出かけていって、今度はバナナ風味だとか栗あんだとか、ミニサイズのかもめの玉子を買ってきた。それらをばっちり冷凍し、ちょっとなにか甘い物が欲しいというとき、そろそろ引き出しては、渋いお茶とで至福の時間を過ごしていたのだった。

 娘とマゴのケン(仮名 もうすぐ三歳)が我が家へやってきたとき、ほらほら、これは かもめのたまごだよー、と言ってマゴに渡したものだが、なぜかマゴはカモメが覚えられないらしく、「あひるのたまごちょーだーい」といって走ってくるのだった。

 さて、二週間ほどたって、マゴと娘は大阪へ帰っていった。送り出して、ふぅヤレヤレと一息ついた私は、たったひとつ残った貴重なあひるの玉子で、もとい、かもめの玉子で、一人お茶を飲むことにした。私はその時、マゴと出がけに交わした問答について、思いをめぐらしていた。 

 さぁ今日は大阪へ帰るのだ、という日の朝、マゴはウキウキとしていた。そんなマゴに私は言った。「おばあちゃんも一緒に、大阪へ行こうかな~」 するとマゴは言った。「大阪にはパパがいるからぁ~(来て欲しくないニュアンスだ)」 で、私は言った。「あら、ケンちゃん、おばあちゃんのこと、大好きでしょ?」するとマゴは言った。「好キクナーイ!」

 ムッ、好キクナイだと?そんなことを言うんだったら もう おばあちゃんのうちに来ないでっ! とあやうく言いそうになったが ガマンガマン。私はそのとき、20年ほども前に亡くなったkさんのことを思い出していたのだ。(つづきます)

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“島じゃ常識さざえカレー”

Pict0106 去る日曜日、『どこでもエネルギーの時代に向けて~自然エネルギーと地域づくり~』というシンポジュームを聴きに言った。出かける前にいつものカレーを炊いておいた。家族にカレーさへあてがっておけば、シンデレラみたいにワァ~12時だ~と、ばたばたと急いで帰らなくてもいいというものだ。 

 第一講は自然エネルギーのパイオニア、風車博士としても知られているという、ある工業大学の学長さんによる自然エネルギーのいろいろについて。風力発電、太陽光発電、地熱、波力、バイオマスetc。スライドを見たりメモをとったりで忙しかった。

 第二講は過疎の町、特に離島を活性化するためにNPO法人で活動しているNさんの話。世界中の過疎の町で成功している事例。デンマーク サムソ島では全島あげての自然エネルギー活用に取り組むことによって、エネルギーの100パーセント自給に成功した。スウェーデンのゴットランド島、スペイン カナリア諸島、ギリシャ クレタ島なども盛んだ。日本でもこれまで年中悪風が吹くというので困っていた所で、その風を逆手にとって町興しに成功した所も多い。

 とりわけ興味深かったのはNさんの故郷 島根県 隠岐の海士(あま)町の事例だ。海士町では全町あげての試みが功を奏し、町に働く場所ができ、町民2400人の所にアイターン者がこの数年で167名あった、というのだ。

 離島というのはどこでも同じようなものだと思うが、高校を卒業するとほとんどの若者は島を出て行くことになる。残れるのは幸運にも農協か漁協か役場に就職できた者、または、ちゃんとした家業がある者だけだ。年寄りはそのうち死んでいくことになっているから、島の人口は減っていくのが自然の道理であって、増えるということはまず考えられないのだ。

 ところが海士町ではだんだんと若い人が増えてきたのであるから画期的なことなのだ。そこではもちろん風力発電も積極的に取り入れた。そして“海 潮風 塩”をキーワードに商品の開発に取り組んだ。“春風岩がき”“島じゃ常識さざえカレー”だとかユニークなネーミングの商品が出来てきて、それは若者たちに働く場所を提供したのだ。

 隠岐というところはよほどサザエがふんだんに獲れるところなのだろうか。 私は今朝がた家で炊いてきたカレーのことを思った。我が家ではカレーといえば牛の角切り、じゃがいも、たまねぎ、にんじんを入れ、圧力鍋でガーンと炊いたら、辛口のルーを入れるだけ、が定番だ。うちではサザエ、ときたらまず刺身、ついでつぼ焼き、それからサザエご飯というところだろうか。さざえカレーなど思いつきもしないのだ。

 さざえカレーなるものを一度食べてみたいものだ。 しかし家にはカレーにサザエなど入れたら「んまっ、なぎささん カレーにサザエを入れるなんてヒジョーシキッ!」と言いそうな人が約一名はいるから、家庭の平和を維持するためにも、これはだれ~もいないときに、こっそり一人で食べてみるに限る。

 ある時 瀬戸内寂聴さんがテレビで言っていた。「人間ね、秘密を持つと人生楽しく生きられますよ」 私はその時「水もしたたるイイ男とアヴァンチュールを楽しみなさい」ということかな~と想像しながら聞いていたのだが、そうではなかった。なんと寂聴さんは携帯小説をこっそり匿名で書いて発表していたそうだ。(たしかルナというペンネームだったかな)それがワクワクとして大いなる喜びをもたらしてくれたそうだ。

 私は小説を書くような才能はまったくないが、こっそり一人でさざえカレーを食べることくらいなら出来る。いつかそうしよう!と決めたらあらら、心の中になにかホワホワとしたあたたかいものがわいてきて、「人生って捨てたもんじゃないな」って気になってきたではありませんか。秘密を持つと人生楽しく生きられるってほんとうみたいですね!

 

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この栗ご飯はおいしい

Pict0014_2  今年は栗が豊作だったらしく、我が家でもあちこちから沢山の栗をいただいた。なかにはイガのついたままのもあって、これはどうしたらよいものか、と思ったら、長靴をはいた足で踏んづけて、それから長い火箸で栗をとりあげるのが一番よろしいと聞いた。これはなかなか楽しい作業でついつい夢中になってイガ取りに励んでしまった。 イガの硬いトゲは堆肥になりにくいし危ないので、燃やして灰にした。

 イガをとったらクリクリ坊主(栗むき器)で皮をむき、ちょっとばかりボイルして冷凍保存。冷凍庫に栗がごろごろはいっているのを見ると、たいそう豊かになったような気がするものだ。

 さて、3年位前にもと旅館のおかみさんによるサザエご飯の炊き方を書いた。これは何故か、見知らぬ人々からよく読まれているようだけれど、今回は栗ご飯の巻。

 おばさまは86歳になったがますます元気。二升分くらいの栗ご飯はあっというまに炊いてしまって、隣近所、息子に娘のうち、はたまた孫のうちまで、きれいなお重に詰めて配って回る元気さである。

 おばさまはどんなふうに炊くかというと、分量などはおおざっぱですべてカンによる。だからなにもかもテキトーでいいのである。

 まず栗は、渋皮が少々残っているくらいにむく。そうするとご飯がほんのり桜色に染まり美しいのだ。つぎに栗はほどよい大きさに切る。お米と栗と適量の水を入れたら、砂糖少々と塩を入れる。これも自分で納得した量を適当に入れる。そうして炊いたらハイ!おいしい栗ご飯の出来上がりだ。

 おばさまは息子や娘の誕生日には自ら腕をふるって誕生パーティのご馳走をこしらえる。おばさまの料理は昔ながらのおふくろの味だ。そんな日は孫、ひ孫たちまで勢ぞろいして、にぎやかに過ごすそうだ。おふくろの味、おばあちゃんの味は今なお皆から喜ばれ、心待ちにされているそうである。おばさまはついこの間まで、忙しいお嫁さんに代わって、毎朝、高校生の孫さんのお弁当まで作って持たせていたのである。

 86歳になっても得意の料理で、周りの人を喜ばせることが出来る人などそう滅多にいないのではないだろうか。親の鑑、姑のかがみみたいなおばさまの真似は果たしてできるのだろうか。そんなことを私たち嫁仲間はいつも話しているのである。誰かご飯作って私に食べさせてよ!と私などは内心思ってるものだから、おばさまの偉大さに打たれるのである。

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このゴボウのサラダはおいしい!

005 阿蘇のホテルで朝ごはん(バイキング)にいただいたゴボウのサラダは、もうまったく絶品だった。それはマッチ棒くらいの小さな角材、といったふうに切り揃えてあって、乳白色とでもいおうか、歯ざわりもまことに申し分なく、シャキシャキとしていた。

あまりに美味しいので何度もお代わりに行き、どんぶり一杯くらいは頂いたような気がするけれど、、、そんなに欲張ってはいけませんね。

家に帰ってほどなくして、姉から「テレビでゴボウのサラダをやっていたから」とTELがありレシピを教えてもらった。

まずきちんと切ったゴボウを酢水でさっと茹でる。ついで砂糖と醤油でかくし味、それからマヨネーズと練りゴマでほどよく和える。

そうかぁ、マヨネーズだけ、とは思わなかったけれど、ちゃんと下ごしらえがしてあるものだなー、と納得。

では早速試作をしてみましょう。これをヨメ友達に食べさせたら「ワ!なぎささん、これ美味しい!どんなにして作ったのォー」と大騒ぎするかもねーうふ。どんなふうにしたかちょっと考えてみて?なんてもったいぶってみるとするか。

とっころがなかなかうまくは出来ないもので、良く切れる包丁で小さな角材に切ったつもりだけれど、いつものキンピラと代わり映えしないのだなー。その色も垢抜けしてなくて、おかーさまから「これはシメジ?」なんて言われてしまったのだよ。シメジに見える程に、それはクタッとしておった。

ふーやれやれ、なにかしら門外不出の秘密のやり方がきっとあるんだろうなーと思いますね。ヨメ友達に教えてやるのはもっと研鑽を積んでからにするとしましょう。

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ダイエットは至難の技

Aso_017 うちに遊びにくるババ様たちを見ていると、、、

畳に座るときは、まず両手をついて四つんばいになって、それからおもむろに腰を下ろす。立ち上がるときも両手をついてヨッコラショと立ち上がる。

そういうのを見ていると、あぁ、幾つになってもあんなふうにはなりたくないなー、小笠原流にのっとって、スイとたちあがりたいものよ、と切実に思う。

そのためには体を太らせない、歪ませない、ということが肝心なんですよねー。ところが私ときたら、こんなに悩みが深いというのに人からは幸せ太りですねー、などと言われてしまうのだ。イエイエ、人には言えないふか~い悩みがあります、というのに誰も信じてくれないのだ。ストレス太りというのもあるそうだから、もしかしたら私はこっちの方かもしれないなー。

友達の一人がやってきて言った。タレントの藤田弓子さんがテレビに出演していたのだが、いつの間にかすっきりと見違えるように痩せていたのだそうだ。どんなふうにして痩せたかというと、、、。

食事の時、まず生野菜などをムシャムシャと食べる。カロリーのなさそうなのから選んでパクパクと食べる。そうしてるうちにおなかがいっぱいになりました~!という伝達が脳のある部分に届き、その後余分に食べずに済むらしいのである。そしてお米のご飯は最後にほんのちょっぴりだけ。そうすると確実に痩せられるのだそうだ。

そうかもしれないけれど、私にはそれは絶対にむりな話だ。ご飯を小鳥がついばむ程度にすこぅしだけ、というのには耐えられない。私ははじめにお茶を一口飲んだら、、、まんずご飯!ご飯をアムと口に入れる瞬間、、、それは至福のひと時であって、神様仏様ご先祖さまに深~く感謝を捧げる貴重な時間でもある。こんなにおいしいご飯を頂くことができて有難うございます、感謝します、、、、。ましてこの頃ではおいしい菜っ葉の漬物が山ほどあるのだ。もう一回くらいお代わりしたいものではないか。

そういう訳でして、今は藤田弓子流を採用するわけにはいかないので、もっと別なダイエットに励んで、小笠原流をめざしたいものである。

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