“天空カボチャ”でカボチャプリン

Pict0034 台所の窓から見えるところに、カイヅカイブキという木がある。高さは5~6メートルもあるだろうか。その木の根元にカボチャの苗が2,3本芽を出し、グングンと上へ上へと上っていくのは知っていた。せっかく自分の力でこの世にでてきたのだからと、なすがままにしておいた。それは土に還した生ゴミの堆肥の中から芽生えてきたものだった。

 やがてそれは黄色い大きな花を咲かせるようになった。うちに遊びにきたおばさんたちはそれを見ると、「朝の10時ころに受粉をしてやんなさい。」とやかましく言うのだった。なんでも今時のカボチャは軟弱で、人の手で受粉させてやらないと結実しないそうなのだ。 そんな暇もないし、なにしろ高いところで咲いているものだからほっておいた。雌花もあったのだが、ピンポン玉くらいになると枯れて落ちていたようだ。

 黄色い花のカボチャツリーを楽しんで8月も終わる頃、カボチャの葉も茎もくたびれてきて美観もあまりよろしくなくなったので、下からズルズルと引きずり下ろそうとしたが首尾よく行かなかった。で夫に頼んでイブキの剪定かたがた、きれいにとってもらう事にした。

 さてうちのダンナさんが脚立にのぼって、カボチャの茎のある所をプチンと切ったらば、、、なにやらズシンと重たげな音をして落ちる物あり。はてさてと下に下りて見やればなんと、大きなカボチャがデンとお座りあそばしていたそうだ。それから上を見上げると、もう一個が、しっかりぶら下がっていたのだそうだ。

 思いもかけない大収穫に喜び勇んで計りに乗せてみると、大のほうはなんと3.6キロ、小の方は2.8キロもあった。受粉の世話もしないのに、ハチさんだかチョウチョさんだか風さんだか知らないけれど、ありがとね。台風が何度か通り過ぎていったのに、ひどい雨にも風にも負けずにしっかりぶら下がっていたということだ、感心感心。 

 お有難うございました、、と神様にお供えしてのち、まずは小さいほうからとカボチャを割ってみたら中は黄金に輝いていた。煮ても焼いてもそれはそれは甘くて美味で、ついでにカボチャプリンも作ってみたら、これも絶品でしたねー。

 それから数日後、TVを見ていたら、山梨県は甲府で、ぶどう棚でカボチャを栽培している風景を見た。それは“天空カボチャ”と名づけられていて、大きなカボチャが幾つも生っているのだった。カボチャは地を這うものだと思っていたが、こういうふうに空中でもダイジョウブなのだ。

 私はさっそく『天のほほえみノート』にも事の由をしっかり書き留めた。“来年もこの手で行こう!”と。

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『天のほほえみノート』

Pict0030 ある人がある所に書いていた。その人は『天のほほえみノート』というものをずっと書いているそうなのだ。何かいいこと、たとえば思いがけなく道端で金の延べ棒を拾ったとか、車に轢かれそうになったところを、危機一髪で助かった、とか、そんなことを書き留めていくといいですよ。読み返したときに、あ、私ってこんなに神様に愛されているのね!私ってとっても幸せな人なのね、ということがわかっていいものですよ、とその人は書いていたのだ。

 私はさっそく真似をすることにして、新しいノートの表紙に『天のほほえみノート』と書いて、なにか素晴らしいことが起きるのを待っていた。そして忘れもしない7月23日のこと、ついに天の神様がにっこりと微笑んでくれたような出来事が起きたのだ。

 私はゴミを出す時に、紙 で出来たものは細大もらさずとっておいて、裏庭で焼却することにしている。ダンボールや新聞紙はリサイクルに出すが、その他の、トイレットペーパーの芯であれバターのパッケージであれ、紙という名のついているものは燃やすのだ。その日も誰が出したか知らないけれど(イエ、ちゃんと知ってますが)手紙の書き損じだとか封筒だとかを、念のため中身をチェックしながら燃やしていた。

 するとワオ!と叫びたくなるようなことが起きたのだ。なんと茶色い封筒の中に1万7千円も見つけたのだった。ワァ~良かった~灰にせずに!それから私は沈思黙考、熟慮のうえにも深慮して、そして決めた。このお金のことは誰ぇにも言わず我が胸にしまっておくことにしよう。お金はしっかり着服することにいたしましょ。

 そしてさっそく『天のほほえみノート』に書いた。“紙くずの中から1万7千円ゲット。ハッピーラッキーってこんなことね!灰にせずに良かった。一度あることは二度、三度あるかも知れず。これからも細心の注意を払って、ゴミを仕分け検閲することにしよう”

 それからまた、楽しいことが起きた。次回は『天空カボチャ』の話題です^^

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エコ廃油石鹸のススメ(2) そと孫はつらいよ

017 このわたくしのような質実剛健な母に育てられたというのに、長女は身に付けるものなど、なにかとこうるさい人である。

身体を洗う石鹸は、イタリアはミラノ製のオリーブ油石鹸でなきゃだめ、と決めていたそうである。ところがあるとき舶来の石鹸が底をつき、梅田に買いにいったところが買い忘れ、ほかには石鹸という名のつくものがないところから、とうとう五島から送っていた廃油石鹸で身体を洗ってみた。

するとなんともまた素晴らしい石鹸だということがわかったのだそうだ。娘が言うには、廃油の中に溶け込んでいるさまざまな動・植物のエキスがよろしいのではないかと言っていた。それにまた風呂場でクタ~ッと溶けていくさまがミラノの石鹸にそっくりなのだそうだ。

娘からそんなふうに言われても私自身は廃油石鹸で身体を洗おうという気にはなれなかった。うちにはきれいな包装紙にくるまれた石鹸がいくらでもあるのである。ところがある日のこと、風呂場に置いている廃油石鹸(これで靴下を洗うつもり)を見ていたらふいに、あの子があんなに言うのだから、と身体を洗い、ついでに髪も洗ってみた。

するとまぁ、次の日になって髪を見たら、、、全然バサバサしてなくて、これだと手ぐしでなでておくだけでOK状態なのがわかった。それで私は夫に言った。「あの石鹸で洗ったら髪の毛増えるかも~」即実行しているようだ。

おかあさまも「私は首から上にはあの石鹸は使いたくない」と言っていたのだが、ある日のこときまぐれで顔を洗ってみたらなかなか良かったらしく「あの石鹸はつっぱらなくていいねぇー」と言っていた。そのとき私はわかったのだが娘がこうるさいのは隔世遺伝だったのねー。

さて私はそれ以来、新聞雑誌などで、石鹸やシャンプーの広告を注意深く見るようになった。ある社では、ある動物の毛に含まれる微量のしなやか成分を取り出し配合しているのだそうである。それは牛か豚か羊かネズミか。

けれどそんなに大変なことをしなくても、と私は思う。我が社の石鹸だったら(以後 我が社の石鹸とよばせていただきます)天ぷらを揚げれば、ありとあらゆる野菜の、カツを揚げればありとあらゆる動物の、養分がたっぷりとはいっているのである。

我が家に娘と孫がいたころ、娘の希望で、孫は頭のてっぺんから足の先まで、我が社の石鹸で洗っていた。孫は一度としてお肌のトラブルなし、おまけにパパ似で色白、玉のような肌の持ち主なのだ。

けれどもこのあいだ、娘のお義母さまがうちにみえて「あのぉー、赤ちゃんの石鹸はどれでしょう」と訊かれたときに、「廃油石鹸を使っております」とは言いかねて、まっとうなベビー石鹸を差し出したのでありました^^

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タイヤキとイカ焼きをどうぞ

1811242526_069 Pict0005 今朝6時の台所の温度は12度。薪ストーブの灰を掻き出し、窓を磨き、それからやっと火を入れることになる。このストーブの世話(?)をするのに新しく7点くらいのグッズが必要になった。薪を掴むものとか、灰をかきだすもの、周りを掃くもの、等々。

それらは今時のホームセンターなどにはなくて、昔ながらの荒物屋さんに行ったらあった。バナナの箱に入れて、薪を運び込むと薪と一緒にアリさんも家の中にはいってくることになる。可哀相だが炎にまかれて、あえなく昇天するのを見届けることもある。

もうズーッと前、うちの子供の誰だったか、「おかーさーん、タイヘン!アリさんがハダシでおうちのなかにはいってきてるよーッ!」と知らせに来た子がいたよな~。あれは誰だったんだろう。(子供もたくさんいると、誰の発言だったのかわからなくなりますわね!)

ストーブの上には鉄板を乗せたので、いろんなものをホイと上に乗っけては焼いて食べることもできるようになった。お湯も次から次に沸くので、ポットの中もいっぱいで、このお湯どうしましょう、ということになる。

しかし一番重宝するのは、焼却炉としての働きだろうか。ラップ類の箱、牛乳パック、およそ紙でできているものはすべて焼くことにしているので、いまではかなりゴミが少なくなった。書類の要らなくなったもの、古い雑誌等、ストーブの前で一度吟味して燃やすようになったので、家の中もすっきり片づいてきたような気がする。(秘密のモノも隠滅するコトできますヨ)

うちではこの冬、まだ灯油を買ったことはないが、今日会った人が、灯油一缶1800円だったと言っていた。今年の3月には1600円で買っていたと思うので随分値上がりしたものである。薪は今のところ2トントラック4台分の備蓄があるそうなので、こころおきなく使っていいことになっている。

薪ストーブの前に座り込んで炎を見ていると、まるで根がはえたみたいに、動きたくなくなってしまう。そして何故か、回顧モードになってしまうんですね~。あんなこと、こんなことあったよね~。 秀吉は辞世の歌で “なにはのことも夢のまた夢”と詠んだそうだけれど、なぎさにとっても、なにもかもが夢の中の出来事みたいに、、、思えてくるのでした……。

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平成ゴミ事情

_013_1 先日、大阪のムスメのマンションへ行った時、ムスメがゴミを出すのをみていると、、、黒い不透明なビニール袋になにもかも、ビールのカンだろうがお菓子の缶だろうが、詰め込んで捨てようとしているのに驚いた。

大阪湾のどこかの埋立地に持って行くからそれでいいのだそうである。私はゴミ置き場までついていったのだが、そこには黒い包みがゴロゴロと置いてあったけれど、中に何がはいっているかは、入れた当人のみぞ知る、ということであろうが、不気味な光景であった。

ついでムスコの住む福岡に行ってみたら、そこではゴミはかなり細かく分別されることになっており、私もほっとしたものである。ただし、野菜や果物などの皮もあっさりとゴミとして捨てられるのを見ると、おぉ、モッタイナイことよ、と胸が痛むのであった。

五島に帰ってきて私は心からキモチが落ち着くのを感じた。うちでは、土に還りそうなものはすべて土に戻すし、出すゴミの分別も徹底されている。この頃では薪ストーブで不要の紙類を燃やすようになったので、ゴミの量はかなり少なくなったのである。

数日前、海岸沿いの道路に車を停めてしばし人を待っていた。すると中年のおばさんが両手ナベを抱えて現れたので、私はこれはなにか、おでんかシチューか、何か食べ物をどこかへ届けにいくのであるな、と思いながら見ていた。

おばさんはスタスタと歩いて道路脇までやって来た。そしてあろうことか、ガードレール越しにナベの中身をボタボタ…ボタ とこぼしてしまったのであった。オォ!ノー!そんなことをしないでおくれ!このきれいな海を汚さないでよね!、、、、と叫びたかったけれど……黙って見過ごしたのでした。

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もったいない精神でいこう!

_003_2 数年前にテレビで見たのだけれど、ロシアの女の人だったか、海岸に流れ着いたビンをかかげて、「これは私のものよ!私のビンよ!」 と叫んでいる人がいた。それ以来、私はビンというビンを捨てられないヒトになった。

中身がなくなったビンのラベルをきれいに剥がし、ビンの中を消毒して、つくづくと眺めると、ビンというものはそれぞれにいい表情をしているものである。そうこうしているうちに私はまたたくまにビン長者になってしまった。

私は輪ゴム一個も見過ごせないヒトである。なにかの会合に出席してお弁当がでたとする。人々がどうするかさりげなく見ていると、ほとんどの人は食べ終わった弁当にふたをし、かぶせてあった薄っぺらの紙を乗せると、輪ゴムでとめてゴミとする。あら~、どっこもどうも傷んでいない輪ゴムをどうして捨てるの? 気のおけない人だったりすると私は「その輪ゴム、ちょうだい」と言って回収してくる。

お弁当に使った割り箸のことだけれど、、、。あれはもう少し寒くなったら、うちで使おうとしている薪ストーブの格好な燃料にならないだろうか、と思うが「その割り箸ちょうだい」 とはなかなか言えるものではない。

立派な紙に印刷された文書がいらなくなって、その裏が十分に使用可能だとていねいに取っておくのだが、もうこれも増えるばかりで減ることはない。メモ帳だったらもう十分にありますからあとはどうしたらいいんでしょう?

なにかで読んだのだけれど、江戸時代は徹底的な循環型の社会だったそうである。なにもかも使い切る工夫をするのが、粋な暮らしであって、便利になり過ぎないようにわざとコントロールしたそうなのである。私たちも一度タイムスリップして、江戸時代の人々にいろいろと教えてもらった方がいいのではないだろうか。

写真は‘みせばや’です 

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エコ廃油石鹸のススメ

Pict0005 私のオットなるヒトは、なんでも勿体ながるヒトである。たとえば、うちの食卓に数度にわたって上がったものを、「もう、これはボツ!」 と私が宣言したとする。すると必ず言うのである。「ボツ? ダメダメ、勿体ないから取っておいて。アタシが後で食べる。」

しかしながらその後の食事で「あれは?」と聞いたりはしないから、もうすでに忘れ去っているのだな、ということがわかるので、こちらの裁量でいいようにすることにしている。

そういうふうであるから、うちでは野菜や、果物の皮、魚の骨、食べ残しなどすべて勿体ながって、生ゴミとしてださずに、土に還るよう、いろいろと努力をしているのである。

さてオットにとって、使い古した食用油をどう始末するかは長い間の懸案事項であった。私はなにかというと、天ぷらをする。冷凍庫にイカやエビ、魚の切り身など常備しておけば、あとはちょっとした野菜があれば不意のお客にもすぐに間に合う。というわけで、ひんぱんに天ぷらをすることになる。

今年のはじめ頃であったか、オットはどこで学習したかは聞いていないけれど(多分ネットでかな)カセイソーダを使って、廃油石鹸を作るようになった。見ていると意外と簡単で、材料は廃油と水とカセイソーダだけである。ただし製造過程で熱をだすために、注意深くしないと危ない。

かくして廃油石鹸は次から次に生産されるようになった。牛乳のパックに入れておけば、いつしか固まって、それはちょうど、その昔、実家でも使っていた資生堂の花椿の固形石鹸のような風情であった。

ところが私はなぜか、この石鹸が気に入らず、横目で見ながらもちっとも使う気になれないでいた。ほかにもバザーで貰ってきた廃油石鹸が沢山あったけれど、使わないものだから、、、当然のことながら、、、減らないのだった。

しかし転機はやってきた!ある日のこと、使っていた合成洗剤が尽きてしまったのである。買い物に行っても買い忘れ、クレンザー類で洗っていたが、それも底をついた。

そしてとうとう、在庫の山になっている廃油石鹸に手が伸びたのだった。使ってみると、これがよく泡立ち、食器などきれいになるのだった。バターでベトベトになっているボールがなんなくきれいになったのもまるで魔法のようだった。

さてそれからというものは、私はうちのサロンに遊びに来る人誰彼もなく、この廃油石鹸を勧めるようになった。「まぁ、いいから使ってみて!」と強引に持って帰らせる。すると少しずつ愛好者がでてきたのである。在庫の山だったのがいつの間にかなくなってしまっていた。

先日、スーパーのレジで待っていたら、すぐ前の人が油を固めるもの、凝固剤を10個買っていた。この人は油を固めて捨てる気なのだな~、と思うと胸が痛んだ。けれど、「その油、捨てるんだったら私に下さい」 と言う勇気はなかった。作務衣のようなものを着て、飲食店かなにかしている人のように思われた。見ず知らずの人でなかったら 「今度、貰いにいくからねー」と言ったかもしれなかった。

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ストーブより煙突の方が高いだなんて

  (5月2日の続きですね)

さて2万円のストーブを見た私は言った。「えーっ、これってまるで潜水艦みたいね、息がつまりそー、ほら、こっちの窓の大きい方にしてよねー。赤い炎がチロチロと見えるのがいいのよねー、心が癒されるんだから、、、。」 とかなんとか言ってる時電話が鳴った。薪ストーブの会社のお兄さんからである。

ヒャクマンエーンの一言で私達は黙った。お兄さんが言うには、ストーブ本体よりも煙突の方がお値段が高いのである。そして煙突に付随する工事がまた大変で総額100万円くらいはかかるであろう、、、ということであった。

ウーーン、そうだよね~、耐火煙突って高いよねー、ちょっとばかり灯油を節約するつもりが、おうちを焼いちゃったら元も子もないんだもんねー。

薪ストーブライフの夢はあえなくしぼみかけた頃、T は言った。「部屋の真ん中でストーブを焚こうと思えば難工事であるが端に寄せればたいしたことはない。」

あら、そうよね~、そうすればマゴだってやけどをせずに済むかもしれないねー、グッドアイディアね! とミーもすぐに賛同し、それから力を合わせて電子レンジやらトースターやら移動させ、薪ストーブが鎮座ましますスペースを確保したのだった。

やれ、めでたし、めでたし。ストーブはヨコハマから送られてきた。(中国製である、日本製はうんと高いそうである。) レンガも買った。いまは左官さんが来てくれるのを待っているところである。

さてと、これから薪の備蓄を心がけねばならぬ。残り少なくなったら「おじいさ~ん、そろそろ山へ柴かりに行ってくださいな~!」と声をかけようぞ。なぎさばぁさんはどうしようかな~、ついて行こうかな~、やめとこうかな~。

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おじいさんは山へ柴かりにィ~♪

数日前の朝、夫が言った。(これからうちの夫のことは T  と表記することにします。)「 このところの原油の高騰ぶりを見よ。凍死しないためにもこれから薪ストーブを使おうではないか。」

私はその時、あら、おもしろそう!と思ったのであった。うちでもいよいよ薪ストーブライフが始まるのね。ターシャ・テューダーみたいに薪ストーブで煮炊きをしたり、パンを焼いたり、お菓子を焼いたり、、。(ターシャ・テューダーはアメリカが誇る偉大なる絵本作家にしてファーマー、そしてガーデナーである。) なんだかワクワクしてきたぞ!

だがしかしまてよ。 家の中で薪を焚く、ということは床は灰だらけ、天井及び壁はススだらけになる、ということではないか。 ただでさえババッチクして暮らしているのに、誰がこの灰やらススやら掃除してくれるというのか?!

そこで私は反対意見を述べることにした。「せっかく今のところ文化生活をしてるのに、逆行することないでしょう? それにマゴがチョロチョロしてやけどでもしたら危ないじゃないの!」  (実はうちにはまだマゴなど一人もいないのでアル。)

すると夫は、ァ、T  でしたね、Tはあっさりと言った。「もうネットで予約した、一番安い2万円のヤツ。」

      続きはまた明日か、あさってごろ書くことにします、ちょっと急ぐことできたものですから、、、。(マイ・パソコンないとやっぱ不便だなー。)

                  

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