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それはズバリ ヘビ草 です

 去年のちょうど今頃のことだけれど、家の周りの草取りをしていた私は、きゃーーっと悲鳴をあげた。ヘビ顔をした何かを手でつかんだような気がしたからだ。叫んだからとて誰も助けにきてくれなかったので、気をとりなおしてその物体を見てみると。

 それは身の丈は20センチほど、直径5ミリくらいの茎が土の中から、つーっとのびて、その上に小さいながらも凄みのあるヘビの顔があったのだ。しかも舌が天に向かって7~8センチほど伸びていた。葉っぱは三枚で、その真ん中にはムカゴのような物がある。

 私は家に来た人を誰も彼も「いいもの見せてあげる~」と言っては、そこへ案内したのだが、皆さん見るのは初めてだ、と言い、「ワァ~キャァ~何これ~?」と前から後ろから横から写真を撮ったりと大騒ぎだった。我が一族の長老(95歳)は野や山のことなら何でも知ってる、という博士だが、こんなのは初めて見たと言っていた。

 なんという名前なのだろう。生れは静岡で五島が気に入って、ここに住みついてしまったTさんに、静岡ではなんと呼んでいますかと訊くと、Tさんは「ずばりヘビ草です」と言った。 のちに図書館で司書の方に調べてもらったところ、“カラスビシャク”という名で、マムシ草や浦島草と同じ仲間だということがわかった。私にはヒシャクには見えなくて、ヘビそのものに見えるのだけれど。

 私の草取りおばさん歴はかなり長く、もう40年以上になるというのに、コヤツに遭遇したのは初めてだ。じつは私はこのヘビ草の葉っぱは、ずーっと前から知っていた。私の草取りの師匠さんは言ったものだ。「この三つ葉の草はね、どんどん増えるから徹底的に取ってしまうように。」私は師の教えをかたく守り、根こそぎ取るのを旨としていた。

 また師匠はこんなことも言った。「畑は端からと言ってね、(ハタケはハシから、、、ちゃんと韻をふんでますね^^) 作物を植える所だけチョコチョコと草をとるようではいけません。それは不精モンのすることです」 我が師は親からそういうふうに教えられたのだそうだ。

 そういう草取り哲学があるので、五島の人は余すところなく草を取り、畑もその回りも美しく整え、それゆえにヘビ草が鎌首をもたげてくるのに、まみえることがなかったのではないだろうか。

 さて、今年の連休のこと、ご旅行に縁のなかった私は草取りに励んでいた。そしてヘビ草の葉っぱを発見。そこを割り箸で囲って保護区とし、日々観察をすることにした。そしてついにある日のこと、葉っぱのあいだからマッチ棒くらいの茎が立ちあがっているのに気付いた。それからだんだんと背丈がのびて、上部がふくらんできて、頭や舌らしいものが出現。一週間後には立派なヘビ顔のできあがり。目元とおぼしき所にはうっすらと彩色されていて、チビながらなかなかに迫力があるのだ。

 「さぁさぁ、こちらでございますよ」とヘビ草のところ(家の裏手)まで人々を案内するのに疲れてきた私は、鉢に植えて玄関に置こうと考えた。これなら黙っていても見てくれるだろう。

 それからまた楽しいことを思いついた。近くの幼稚園に持って行って、4歳児やら5歳児を驚かせてやろうかと。けれどあのヘビ草を掘り起こし、鉢に植える作業となると、なんだか気持悪く、実行に移せないでいる。大切に育てているイチゴの近くにヘビ草が生えているのを見つけた時には大急ぎで除草したものだ。あの長い舌でかわゆいイチゴがペロ~~ンと舐められたらイヤだよね。

 それにしても神様ってこんなものまでつくって、我々人間をびっくりさせたり楽しませてくれたりなさるのだねー、とヘビ顔をしみじみと眺めたのでしたー。

 

 

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この香りに魅せられて

 三年くらい前のことだけれど、娘の家族と共に佐賀県は嬉野(うれしの)にある旅館に泊まったことがあった。部屋に通されると、そこはかとなく、かぐわしい匂いが立ち込めているのに気がついた。

 え~これなんの匂い~?見回してみれば床の間に置いてある小さな香炉からそれは発しているのだった。

 さっそくフロントに行き訊いてみると、お茶の葉っぱを焚いているとのこと。そして香炉はすぐ近くの1000円ショップで売っていますよ、とのことだったので、急いで見にいったら、ブタの蚊取り線香入れ、みたいのしか売っていなくて手ぶらで帰ってきたのだった。

 家に帰ってネットで見てみると、香炉のお値段はピンからキリまで。数千円から数万円までさまざまだ。沢山ありすぎて困るよな~と、陶芸をやっている友達にメールしたら、「団栗(どんぐりと読むそうで、私は知らなくて、ダングリって何?と訊いてしまった)の形をした香炉を焼いて持ってるから、それを差し上げます」と嬉しい展開になったのだった。

 それ以来、私は時々お茶の葉の香を焚く。ココロがささくれだっているような時には、とくにいいのだ。30個で700円くらいの小さなキャンドルは4時間くらい持つので、その炎をながめながら日記を書いたり何か読んだりすれば至福の時間となる。

 当然のことながら、お茶の葉は、お葬式に出て貰ってくる葉っぱよりも、ちゃんとした煎茶や玉露のような、高級なお茶のほうが香りは断然いい。そして炎で熱せられた葉っぱを捨てるにはしのびなく、急須に入れて飲んでみると、まごうかたなくほうじ茶の味で、お店で売っているものより、はるかに美味しいのだ。

 こんなおたのしみがこの世にあったとはー。香道をたしなむというと、高貴な御身分で、しかも経済力のある人々がするもの、と漠然としたイメージがあるが、お茶の葉っぱでお手軽お気楽にたのしめるのだから、こんなにうれしいことはない。

 団栗(どんぐり)の香炉は焼きが甘かったのか、残念ながら割れてしまったので、今のところは近くのホームセンターで買った700円くらいので間に合わせている。このあいだ博多駅の東急ハンズで見てまわったのだが、なかなかこれは、というものはなかった。私が欲しいのは多分何万円もするものかしらねー。

 母の日に何か欲しいものは?と子供たちから訊かれて、私はさんざん頭をめぐらし考えたすえに、「欲しいものは何もない」と答えたのだった。「香炉が欲しいですー。何万円もするやつ」と言えば良かった。もう遅いか、、、。

 

 

 

 

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