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メメント モリ

 このところ、私のまわりでは立て続けに二人の人が亡くなった。一人は後期高齢者であったので、佐賀のガバイばあちゃんに言わせれば「惜しくない、寿命じゃ、潮時じゃ」ですんだのだけれど、Kさんはまだ63歳でしかなかったので、その突然の死は私たちに衝撃を与えたものだ。

 Kさんの訃報を聞いたとき、私はすぐに冷凍庫の中を見に行った。そこには私たちがふつう“クロ”とよんでいる魚が3匹、しっかり固まっていた。それは一カ月ほど前にKさんが我が家に持ってきてくれた魚だったのだ。Kさんが魚を持ってきたとき、私は家にいなかったので、あとで会った時にお礼を言った。するとKさんは「今度釣れたらまた持っていってあげますよ」とさわやかな笑顔で言ったのだった。 Kさんの奥さんはおおいに取り乱していた、と聞いたけれど、元気にしていた人があっというまに天に召されてしまったのだから、驚天動地の出来事だったにちがいない。

 実はわたしはこの年になっても、近親者の死に立ち会ったことがない。その時はいったいどうしたらいいのだろう。そんなことをMさんと話していたら、Mさんは少し前に実母を見送っていたので、そのときの話をしてくれた。なんでも「ご臨終です」とドクターから言われたあと、看護師さんが「ゆかたがありますか?」と訊いてくれたのだそうだ。Mさんは大急ぎで家にゆかたを取りに行った。看護師さんは清拭のあと、そのゆかたを着せてくれて、「おうちに帰ったら本人の好きだった着物などを上から着せてやったらいいでしょう」と言ったのだそうだ。「・・・だからなぎささん、ゆかたと細い帯をちゃんと準備しておいたほうがいいですよ」 

 私は早速準備に取りかかることにした。ゆかたなんてあんな暑いもの、もう何十年も着たことないけれど、あったかな、と探してみたらありました。紺地に白抜きの麻の葉もようのゆかた、まだ袖を通していないのが出てきたのだ。麻の葉というのは、なにか霊力があるらしく、赤子が首尾よく育つようにと、昔から産着として麻の葉もようの着物を着せたものだ。生まれ落ちたときに麻の葉もようの着物を着せられ、また死にゆく時に着せられ旅立つ、というのはなかなかいいものだ。そして白い絹の伊達締めを合わせたらワンセットできあがりだ。

 おぉ、そうだ。うちには男二人、女二人いることだし、順不同で誰から先に死ぬにせよ、男物も用意しておくべきではないか。で、白地のゆかたと博多織の帯もそろえた。(けれどこの帯は燃やして灰にするのはちと惜しい気もするなぁ・・・)では、今は暫定的にこれを置いておくけれど、あとでもっとチープな物にとりかえることにしようか^^ 

 それから私は、ある会合に出て貰ってきた“人が亡くなった後に行う手続きチェックリスト”という冊子とゆかたを赤いふろしきに包んだ。行方不明にならないようにタンスの上に置いておくことにした。私はいやでも通りすがりにこの赤いふろしき包みを見ることになった。

 ラテン語で、“メメント モリ”とは“死を思え”という意味だそうである。カトリックの学校へ行ったりすると、幼稚園の時から自分の臨終の時のために祈る癖をつけられ、しょっちゅうチリに還る人間の生涯を考えるように教育されるそうである。

 私は全然そんな教育は受けたことはないけれど、これからは赤いふろしき包みを見るたびに死を思うのだ。メメント モリ いい響きだ。このふろしき包みのことは家の者にも周知させておかねばなるまい。私は今のところずーっと長生きして、家族をちゃんと見送ってあげるつもりではあるけれど、ひょっとしたらもしかしたら、我が家で一番最初にあの世へ旅立つのはこのワタクシかもしれないのだ。私って薄命かも、、、。

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メマイの季節

 私は10日くらい前に、起きぬけに猛烈なメマイにおそわれた。ちょっとでも動くと目が回るし吐き気がするのだった。それでじっと目をつぶり静かに寝ていたのだが、そのうちトイレの限界がきた。上半身を起こしても横をむいても下をむいても、メマイと吐き気がするので、仰向けに寝たまま 夫に両足を引っ張ってもらってトイレに連れていってもらうことにした。ズルズルズル。

 イタタタッ ちょっと!敷居では減速してよね、背骨も頭もガタガタと痛いじゃないのさ。あら、ひょっとして笑った?笑うなっ!・・・こんなぶざまな格好してるのをシュウトメさんには見られたくないもんだ、と思いながら引っ張られているうちについに見られてしまった。母上は「病院に行ってくれば?」と言ってくれたのだが、ほんとうに具合が悪い時には病院に行く体力も気力もないものなのだ。

 それからというもの、動けば具合が悪くなるので枕元にラジオを持ってきてもらってボンヤリと聞いていた。ある時、生物学者で早稲田の教授だという池田清彦さんという人と女性のアナウンサーの対談があった。池田さんは次のようなことを言っていた。“僕たちの命というものは38億年前から連綿と続いてきているものであるから、この世で早死にだとか、長生きだとかいうけれど、その長さは大して問題ではない。だからボクは是非ともガンの早期発見をしなくちゃいけない、などとは思わない。あと三カ月の命です、と宣告されてから慌てたり泣いたりして、従容と死んでいけばいいと思っている、、、”というような発言だったのだ。(聞き間違えてたらごめんなさい)

 私はそれを聞きながら、あぁ~それもいいなぁ~、いちいち検診など行かなくてもいいか。と思ったものだ。子供たちは大きくなったことだし、ガンの発見が遅れたためにちょっとばかり早く死にました、ということがあっても誰も困らないのだ。なにがなんでも長く生きてやろう、と意気込むこともないのだ。

 さて三日間も寝て、やっと起き上がれるようになってから私は病院へ行った。あれやこれやの検査をしたのち、ドクターからは「あなたの身体の状態はベリーグッドです!」と言われたのだった。それでもしばらくは飲んでおくようにと沢山の薬を貰ってきた。ベリーグッドと言われても、まだ頭はふらふらするし、いまいち元気が出ない私は薬局でいろいろ買った。滋養強壮 肉体疲労  肩こり 栄養補給 ストレス緩和、、、。

 これまで私は、誰かが食後に薬の袋を取り出し、馬が食べるほどの薬を手のひらに乗せるのを冷やかに見ていたものだ。それがどうしたことだ。この私が、さっ!クスリ飲まなくちゃ!とばかりにいそいそと薬を取り出すのだ。っっったく、いつ死んでもいいわ!というのはあれは本心ではありませんね。池田先生はほんとうのところ、どうなのかしら?

 知り合いの薬剤師さんに聞いたのだけれど、この頃、中高年でメマイや吐き気を訴える患者さんがふえているのだそうだ。ある人は一晩中 便座にしがみついていた人もあったという。お肌の曲がり角ならぬ お年の曲がり角で、中高年はいろいろトラブルに見舞われる、ということかもしれませんね。

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