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このモモはおいしい!

 私は福島県にはいささか思い入れがある。大学に入学してすぐに仲良くなった友達は、筝曲の生田流名古屋派の師範だった。私は誘われるままに琴の手ほどきをうけるようになった。

 ある年の夏休みに、総勢10名ほどがそれぞれ琴をかかえ、電車を乗り継ぎ、福島県は磐梯山のふもとにある民宿に夏季合宿に出かけたのだった。

 見るからに温厚そうなおじさん おばさんが経営する民宿で、私たちは野菜を切ったり刻んだり、配膳やら皿洗いやら積極的に手伝った。民宿の裏口から外に出ると、そこには手入れの行き届いた野菜畑がひろがっていた。キュウリにナスにトマト、インゲンにカボチャ とうもろこし スイカに黄色いウリなどが、まるでアートのように美しく実っていた。

 キュウリやトマトをざっと洗い、チョンチョンと醤油につけて食べるとそれはもうおいしかった。新鮮な採れたての野菜はとくにどうしなくてもおいしいものだ。

 そして畑のまわりにはモモやナシなどの果樹が植えられ、ブドウの棚は心地よい日陰を作っていた。それはなんという豊かな美しい光景だったことだろう。

 うらうらとのんきに学生生活を過ごしたあと、私は南下することになり、五島列島に棲みついてしまったので、福島県より北には行く機会もなかった。現在のところ私の北限は福島県なのだ。

 先日、スーパーに行くと、大きくて立派なモモがかなり安い値段で売られていた。見ると福島県産のモモで、県知事さんの“このモモはだいじょうぶですよ~”というメッセージも添えられていた。けれどあまり売れ行きはよくないようで、近くにいたおばさん達は「皮をむけば、だいじょうぶなのかしらね」などと言ってはいたが、買わないで立ち去る人が多かった。

 けれど私は大の福島県びいきなのだから、誰がなんと言おうと買わずにはいられない。安くてありがたいな~、こんなことメッタにないわよね、とドサドサと買い込み、家族にも客にも食べさせた。福島県産のモモだとは言わなかった。というのは、私の友達が言っていたけれど、サクランボを買って「福島県のサクランボよ」と言ったら、だれ~も手を出さないので、一人でぱっくんぱっくん食べちゃった、という人がいたのだ。

 うちの者はみな、そのモモを「おいしィ~!」と言って喜んで食べていた。それは少々かたくて歯ざわりがよく、みずみずしくて、ほんとうにおいしかったのだ。

 私にとっては、まるで桃源郷のように思われたあの野菜畑は今ごろはどうなっているのだろう。原発と地震でみるかげもなく荒れているのだろうか。新聞記事によると、福島県は全国4位と日本有数のコメ所だそうだ。農家では早場米の収穫が始まるというのに、さっぱり引き合いがないというのだ。

 “まんざいらく”という品種は東北地方に古くから伝わる、地震時に無事を祈願して繰り返し唱えるまじないの言葉だそうだ。私は“まんざいらく”が店頭に並ぶことがあればきっと買うだろう。そして家族には黙ってこれを食べさせることにする。うちには一日でも長く生きていよう、と心がけている者もいるので、これはトップシークレットということにしよう。

 

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