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運命を受けいれる

Pict0007  家庭のことなどほったらかしで、八面六臂の活躍をする企業戦士の背後には、しっかり者の奥さんが銃後を守ってくれているのがふつうだろう。

 けれど『働く君に贈る25の言葉』の著者 佐々木常夫さんの場合そううまくはいかなかった。夫妻には一男一女がいるのだが、男の子は自閉症と診断され、その子のために夫妻は大層なエネルギーを費やさねばならなかった。その心労もあってか奥さんはうつ病になってしまった。自殺願望があるために入退院を繰り返し、自殺未遂3回。

 佐々木さんは仕事を終えると一目散に家へ帰り家事をし家族の世話をした。人並みに会社で残業したり、巷で酒を飲みながら上司のワルクチを言って楽しむ、という余裕など全然なかったのだ。 そんな中でも佐々木さんに転勤命令は容赦なく下り、金曜日の夜遅く自宅に帰り、土、日と休む間もなく一週間分の家事をして、月曜日の朝一番で出社するという暮らしを余儀なくされた。

 上司が何人もいるような難しいポストで仕事をこなしながら、いつ、家や病院から奥さんのことで電話がかかってくるかわからない、薄氷を踏むような孤軍奮闘の日々。家のうちに病人があれば身体的にも精神的にも、また経済的にも苦しいものだ。「おれの人生はいったい何なのだ」と 佐々木さんは時には絶望し、人生を投げ出したくなることもあったという。

 そんな佐々木さんの思いを修正してくれたのが、佐々木さんの母上の生き様だった。母は26歳のとき夫に先立たれ、その後4人の男の子を一人で育て上げた。朝早くから夜遅くまで、休みといえば盆と正月くらいなもので、仕事と家事と育児をやってのけたのだった。それも愚痴や泣き言を言ったり、悲壮な感じではなく、いつもニコニコしながら、子供たちに「運命は引き受けよう」と言って微笑んでいたというのだ。そんな母の薫陶もあって、佐々木さんは再び人生に立ち向かう気力を取り戻したのだという。

 ハイ、わかりました、これが私の運命なのですね。では私もその運命を受けいれることにいたします、と口で言うのは簡単だが、身をもって行うのは難しいものだ。もっと別の人生があったかもしれないのに、、、などと深いため息をもらしているようでは、運命を受けいれたことにはならない。キリスト教には「神様のお植えになったところで花を咲かせなさい」という教えがあると聞いたことがある。私などは「神様、植えてくださるのなら、ここではなく、あっちにお植えくださればよかったのに」としょっちゅう文句を言っているのだから、これでは全然運命を受けいれたことにはならない。

  さて長く暗いトンネルを抜け、佐々木さんにも曙光が見えるときがきた。東レの社長さんになる頃より、奥さんの症状は好転しはじめ、すっかり元気になり幸せな毎日を送ることができるようになったのだった。奥さんから素晴らしいプレゼントもあった。テレビの取材でインタビューを受けたとき、奥さんは言ったそうだ。「この人からは親よりも深い愛情を頂きました」

 この一言を聞いて佐々木さんは、あの頃、自暴自棄の一歩手前で踏みとどまることが出来てよかった、運命から逃げ出すことも出来たかもしれないが、もしそうしていたら、今のこの幸せを手にすることはできなかった、とつくづく思ったということだ。母の言葉が心の中に生きていて、その言葉に支えられてここまで生きてくることができましたと佐々木さんは述べている。

 このところ私はなにかとカリカリしていて、車をガリガリとやってしまった。大損害のン万円なり。まだ買ったばかりの新車なのに~。こんな調子では神様がお植えになったところで花を咲かせることなど永遠にできないだろう。それにしても佐々木さんのおかあさまは偉い!ちょっとは反省して見習うことにいたしますわ^^ 

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