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半径5メートルの幸せ

Pict0004 それは一年前のことだったか、二年前のことだったか、わからなくなってしまったのだが、テレビをつけたら一見して(失礼ながら)大年増に見えるのに何故か振袖を着て、背中には大きなチョウチョ結びの帯をして、ピアノの弾き語りをしている女の人が映っていた。

 何を歌っているのかな~と耳をすましたら、、、“スーパーでこっちのレジ係りの方がベテランで速いぞと並んでいたら、自分の番になる前に忘れていた牛乳かなにかの買い物を思い出し、ダッシュで取りに行き、やーごめんねごめんね、待たせたかしら”といったどたばたの歌詞なのだった。

 それからその人、秦万里子さんがインタビューで話していたのだが、彼女は半径5メートル以内のなんの変哲もない情景を、ある局面で切り取って歌にしているのだと言っていた。バーゲンセールで活躍する女たち、レジで待つ女たち、、、。なんでもハイクラスの音楽教育を受けているそうで、真面目に活動していたのだが、ある頃より主婦の視点で身の回りの出来事をピアノに乗せて歌うようになった。それが中高年の女性にうけて、今やひっぱりだこの活躍をしているのだそうだ。

 それを聞いていて私は、それは私のブログの記事と同じようなレベルだなーと思ったものだ。一年のうち350日ほどはこの小さな島にいて、行動半径としてはたかだか半径5キロメートルくらいだろうか。どこそこへ世界遺産を見に行きました、ということもなく、おしゃれなレストランで、こぉーんな美味しいごちそう食べました!というような話もまるでなし。華々しい話題など何もないのだ。そんな意味では秦万里子ワールドとまったく一緒なのだ。

 私はもう何年このブログを書いてきたのだろう。3年か4年くらいだろうか、と調べてみたらなんとすでに丸5年も書いているのだ。あいだでは長いブランクもあったけれど、それでも飽きもせずによくも書いてきたものだと思う。それもざっと読み返してみたらしょうもない話ばっかり。洗濯物の干し方についてだとか、外に置いたビールの中で、ナメクジが死んでいた話だとかどうでもいいような卑近な話題ばかりだ。

 しかしこのたびの大震災の被災者の方々にとっては、あの日、3月11日以前のありふれた暮らしは、どんなにかのどかで甘美なものであっただろうか。おじいちゃんは磯へ魚を釣りに行き、おばあちゃんは、もうそろそろかなと孫を迎えに行き、奥さんはご飯の支度を気にしながら近所のおばさんと立ち話。時には大量に獲れた魚で総出でかまぼこを作ったりしていたことだろう。それは当たり前のような幸せな日せ々だったに違いない。

大切な人を失い、津波に家をのまれ、職場を失った人々にとってありふれた日常生活がどんなにか幸せな営みであったことだろう。喪失感でうちのめされた人々にどういう慰めや励ましができるのだろう。私はノーテンキなブログなど書いていていいのだろうか。そんなことを思っていた今朝のこと。

 私は前回の記事で、岩手県の銘菓“かもめの玉子”のことを書いた。そして今朝、(4月7日)7時ころのニュースで「岩手県の菓子メーカーで操業が再開されました」とのアナウンサーの声を聞いて、私はもしや、と思い画面に見入った。するとそこにはベルトコンベアーからコロコロと流れてくるお菓子があった。あっ かもめの玉子だー!とすぐにわかった。それは ほんとうにゆで卵の形をした、“かもめの玉子”だったのだ。私はいっぺんで心がパーッと軽くなったような気がした。さぁこの勢いでどなたもこなたも元気になって欲しい。皆さんが元気になってくだされば、私もしょうもないブログをまた、書き続けることができるというものだ。

 

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