« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

お城に入ってこないで

Cimg0030 (つづきまして)さて、その頃、Kさんは80歳くらいだったろうか。奥さんを亡くしたころのことは茫然自失の状態で、何一つ覚えていないと言っていた。

 ぼんやりしている Kさんを見て、近くに住む Kさんの息子夫婦が、これからは夕ごはんを一緒に食べましょうと誘ってくれたのだった。

 Kさんは、その申し出を有難く受け入れ、食費として数万円を渡すことにした。時々お嫁さんが「今日は外食します」と言う日があり、そんな時は「行っておいで」と一万円を差し出した。Kさんは息子の家族と連れ立って外へ食べに行く気にはなれなかったので、自宅で適当に食べていたそうだ。

 そのうちだんだんと、Kさんは息子のうちへいくのがイヤになってきた。というのは息子の娘、すなわち孫娘が(そのころ三歳か四歳)、Kさんが息子のうちの玄関に立つとすぐに奥から走ってきて「どうしておじいちゃんは、マイ(仮名)ちゃんのおうちでごはんを食べるの?」と訊くのだそうだ。Kさんは何と言っていいかわからず「そうだねー、おかあさんにきいてごらん」というよりほかなかった。

 Kさんはいよいよ息子のうちへ行きたくなくなり、今日は寒いから~暗いから~と口実をつくっては行かなくなった。すると嫁さんがお弁当を持ってくるようになったそうである。あいかわらず外食の日には一万円を渡したから、ずいぶんと高い弁当代についたのだった。

 Kさんは言っていた。「孫にとって、私があの子達の家へ行くことは、自分たちの城へズカズカはいってこられるようで、イヤだったんでしょうなー」

 私はうちのマゴの「好キクナ-イ!」発言を聞いたときすぐに、忘却のかなたからKさんの言葉を思い出していたのだった。マゴも多分、大阪のパパとママとボクの三人の家に、“ちょっと部外者の”おばあちゃんに入ってきて欲しくない、という心理がはたらいたのかもしれなかった。 

 さきほどちょっと用事があって大阪の娘のところに電話をすると、マゴがにぎやかにしゃべっている声が聞こえてきた。ひらがなを少し読めるようになったので、絵本をパパに読んできかせているのだという。そうかいそうかい、イイヨイイヨ そちらで幸せにやっとくれ。こちらのことはお気づかいなく。せまいながらも楽しい我が家、イエ 城の中で幸せにやってねー、とココロで思いながら受話器を置いたのでありました。

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »