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大空と大地のなかで

Cimg0029 長女とその息子が我が家に逗留していたある日のこと。夕ごはんの支度ができたころ、私はふいに体調がガタガタと崩れるような気分がして、あとはよきにはからえと言いおき、自室で横になっていた。 台所のほうからは皿茶碗のかちゃかちゃいう音、娘が歌っている中島みゆきの歌、孫がぴょんぴょん飛び跳ねる音などが聞こえてきていた。

 あー、このまま死ぬのかもしれない。あの人たちを残して死んでいくのか。目尻から涙が落ちそうになってきた。そのうちそうだ、と私は思いついて手許の携帯で夫を呼び出した。へそくり用の口座の暗証番号を教えようと思ったのだ。ずーっと悪妻だったこのわたし。死ぬ前になにかひとつくらい良いことしてあげなくちゃ。

 なんだなんだとやってきた夫に私は言った。口座の番号はこれこれだから忘れないでねー。でもあなたも(妻亡きあと)大変ねー。子供たちは片付かないし、問題は山積だし、、、。そう言いながら涙はいまにもあふれそうになっていた。

 すると夫はあっさりと言った。“何も心配はいらないよ~。ほら、田中さんちね、前の奥さんが亡くなったあと、美人でよく働く新しい奥さんが来ただろ?夕方いつも二人で、手をつないで散歩してるんだってね。うちもそういうことになるかもしれないし、死んでいく人が後のことをあれこれ考えなくてもいいんだよ。残った人がいいようにするんだからね。台所はちゃんと片付けておくから、安心して寝ていていいよ~♪”とまぁこんなふうに言ったのだ。「あっ そう?」と言うまもなく涙は乾き、なぜだかペシャンコだった体が急に元気になってきた。

 そして過日、夫と私はあるホテルでのディナーショーなるものに招待され、“いっこく堂”の腹話術を観た。初めてみる腹話術には驚いたが、なにより圧巻だったのは、いっこく堂さんが松山千春のものまねで、『大空と大地の中で』を歌った時だった。髪の毛が一本もないかつらをかぶってほんとうにそっくり、それにしてもじょうずだなー、と感嘆したものだ。誰かが言っていたけれど、もともと彼は歌手志望だったこともあるそうだ。

 家に帰るとさっそく松山千春のCDを取り出し聴くことにした。『青春』『銀の雨』などは好きでよく聴いたものだ。大橋純子のシルエットロマンスなども同じころ流行っていたよね。私はしみじみと『大空と大地のなかで』を聴いた。そして初めて気づいたのだが、それは人生の応援歌だったのだ。

 “生きることが辛いだとか苦しいだとか言う前に、野に育つ花のように、力の限り生きてやれ”そして“いつの日か幸せは自分の腕でつかめ”と歌っているのだった。

 近くで聴いていて、「松山千春っていい声だねー」と言った夫に私は言った。口座番号だけど覚えてる?「もっちろん覚えてるよー、○○○○だよね。」(なーんだ、忘れてくれていいんだけどなー。ちょっと早まったみたいだ。 これからまだまだシブトク生きてやるのになー)とひそかに思ったなぎさでした。

 さて、年の瀬もいよいよ押し詰まってまいりました。いつもあたたかいコメントをお寄せくださる皆様、読んだだけでノーコメントの皆様も、どうぞよいお年をお迎えください。来る年にどんなことが起きようとも、野に咲く花のように、平然と風に吹かれていましょう。

 

 

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