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お金持ちでなくてよかった

035  ブラジルの大富豪というのは、日本の金持ちとは比べられないほどの金持ちだそうだ。とにかくスケールが違うのだと雑誌で読んだが、日本の金持ちがどんなふうだか皆目わからないので比べようがないが、ちょっとこの頃わかったのは鳩山さんちの金持ちぶりくらいか。

 さてブラジルの大富豪はお金がある割には不自由な暮らしをしているのだそうだ。まず大邸宅を出る時には、使用人が使っているような普通の車に乗り、それも一日に何度も乗り換えねばならぬ面倒さ。それとわかる上等クルマに乗っていると、交差点で止まっているときピストルでズドンとやられることもあるので、貧乏人風の風情でいなければならないのだ。

 大富豪の奥方もひとかたならぬ苦労がある。出かける時はメイド程度に身をやつし、これまたボロクルマでお出かけ。然るべき安全な所へ着いてから、化粧をしなおし、ドレスアップし、宝飾品などで身を飾ることになる。

 お子ちゃまもそうだ。お金持ちの息子、娘と一目でわかる立派な身なりをしていると、すぐに誘拐されてしまうので、ふつうの格好をして、ふつうの子供たちのあいだに紛れていないといけない。

 ではせめて、おうちの中では美衣美食して、のんびりしていられるかというと、これまたそういう訳にはいかないそうだ。使用人の中には悪党に手引きをする者もあるから常に細心の注意を払っておかねばならない。じゃ、警察に守ってもらおうか、とすると、あちらの警察というのはまったく信用ならず、オフの日には強盗団の一味として働いている輩もいるのだという。 

 お金持ちって大変。お金があるがゆえの苦労というものがあるものだ。貧乏人の子供が誘拐されたという話は聞いたこともないし、命を狙われるということも、まんず、ない。

  数日前の新聞記事におもしろいものがあった。“普段より多くの現金を手許に置いておく必要ができたとき、いくらぐらいあると心配で、そわそわするか”を訊いたところ、全体の半数が20万円未満でも心配になるという回答だったのだ。それでどうするかというと、「ゴミを捨てるために少し家を離れる時にも鍵をかけた」という人や、「一睡もせずに翌朝銀行に行った」という人、「誰かにつけられていないか、常に後ろを気にした」という人もいた。

 ほらね。一般庶民は20万円未満のお金でも大金であると認識し、なくしたり盗られたりしたら大変と、かなりのストレスを感じているのだ。 家の中に金目のものなんか何もない、となると戸締りすることさえどうでもよくなる。うちなんか、朝玄関を開けたら夜閉めるまで、家人がいようがいまいが開けっ放し。押し入ったところで何もない、ということが周知されていると気楽なものだ。

 障子の向こうのガラス窓が開いたまま、網戸一枚、ということを知らずに、朝になって「ワァ、あいてた!」と驚くこともあるが、天下泰平とばかりにクーツと寝ていたことも数知れず。ま、都会の暮らしではこんなふうにはいかないと思うけれど。 それで私は、お金がないってことはシアワセ、ありがたいわね~と思うことにしているのですよ^^。

 

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“天空カボチャ”でカボチャプリン

Pict0034 台所の窓から見えるところに、カイヅカイブキという木がある。高さは5~6メートルもあるだろうか。その木の根元にカボチャの苗が2,3本芽を出し、グングンと上へ上へと上っていくのは知っていた。せっかく自分の力でこの世にでてきたのだからと、なすがままにしておいた。それは土に還した生ゴミの堆肥の中から芽生えてきたものだった。

 やがてそれは黄色い大きな花を咲かせるようになった。うちに遊びにきたおばさんたちはそれを見ると、「朝の10時ころに受粉をしてやんなさい。」とやかましく言うのだった。なんでも今時のカボチャは軟弱で、人の手で受粉させてやらないと結実しないそうなのだ。 そんな暇もないし、なにしろ高いところで咲いているものだからほっておいた。雌花もあったのだが、ピンポン玉くらいになると枯れて落ちていたようだ。

 黄色い花のカボチャツリーを楽しんで8月も終わる頃、カボチャの葉も茎もくたびれてきて美観もあまりよろしくなくなったので、下からズルズルと引きずり下ろそうとしたが首尾よく行かなかった。で夫に頼んでイブキの剪定かたがた、きれいにとってもらう事にした。

 さてうちのダンナさんが脚立にのぼって、カボチャの茎のある所をプチンと切ったらば、、、なにやらズシンと重たげな音をして落ちる物あり。はてさてと下に下りて見やればなんと、大きなカボチャがデンとお座りあそばしていたそうだ。それから上を見上げると、もう一個が、しっかりぶら下がっていたのだそうだ。

 思いもかけない大収穫に喜び勇んで計りに乗せてみると、大のほうはなんと3.6キロ、小の方は2.8キロもあった。受粉の世話もしないのに、ハチさんだかチョウチョさんだか風さんだか知らないけれど、ありがとね。台風が何度か通り過ぎていったのに、ひどい雨にも風にも負けずにしっかりぶら下がっていたということだ、感心感心。 

 お有難うございました、、と神様にお供えしてのち、まずは小さいほうからとカボチャを割ってみたら中は黄金に輝いていた。煮ても焼いてもそれはそれは甘くて美味で、ついでにカボチャプリンも作ってみたら、これも絶品でしたねー。

 それから数日後、TVを見ていたら、山梨県は甲府で、ぶどう棚でカボチャを栽培している風景を見た。それは“天空カボチャ”と名づけられていて、大きなカボチャが幾つも生っているのだった。カボチャは地を這うものだと思っていたが、こういうふうに空中でもダイジョウブなのだ。

 私はさっそく『天のほほえみノート』にも事の由をしっかり書き留めた。“来年もこの手で行こう!”と。

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『天のほほえみノート』

Pict0030 ある人がある所に書いていた。その人は『天のほほえみノート』というものをずっと書いているそうなのだ。何かいいこと、たとえば思いがけなく道端で金の延べ棒を拾ったとか、車に轢かれそうになったところを、危機一髪で助かった、とか、そんなことを書き留めていくといいですよ。読み返したときに、あ、私ってこんなに神様に愛されているのね!私ってとっても幸せな人なのね、ということがわかっていいものですよ、とその人は書いていたのだ。

 私はさっそく真似をすることにして、新しいノートの表紙に『天のほほえみノート』と書いて、なにか素晴らしいことが起きるのを待っていた。そして忘れもしない7月23日のこと、ついに天の神様がにっこりと微笑んでくれたような出来事が起きたのだ。

 私はゴミを出す時に、紙 で出来たものは細大もらさずとっておいて、裏庭で焼却することにしている。ダンボールや新聞紙はリサイクルに出すが、その他の、トイレットペーパーの芯であれバターのパッケージであれ、紙という名のついているものは燃やすのだ。その日も誰が出したか知らないけれど(イエ、ちゃんと知ってますが)手紙の書き損じだとか封筒だとかを、念のため中身をチェックしながら燃やしていた。

 するとワオ!と叫びたくなるようなことが起きたのだ。なんと茶色い封筒の中に1万7千円も見つけたのだった。ワァ~良かった~灰にせずに!それから私は沈思黙考、熟慮のうえにも深慮して、そして決めた。このお金のことは誰ぇにも言わず我が胸にしまっておくことにしよう。お金はしっかり着服することにいたしましょ。

 そしてさっそく『天のほほえみノート』に書いた。“紙くずの中から1万7千円ゲット。ハッピーラッキーってこんなことね!灰にせずに良かった。一度あることは二度、三度あるかも知れず。これからも細心の注意を払って、ゴミを仕分け検閲することにしよう”

 それからまた、楽しいことが起きた。次回は『天空カボチャ』の話題です^^

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