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多久のスズメは論語をさえずる 多久聖廟

Pict0031 台風が来るまえの大変に暑い日に、佐賀県多久市にある多久聖廟へ行った。そこには青銅で出来た孔子像が祀られ、学問所などが点在していた。

 孔子が唱えた学問が儒学と呼ばれ、孔子の言行録は孔子の死後「論語」という書物にまとめられたものだそうである。 多久の殿様は領民を治めるのに、武力ではなく、学問教養をつけることで首尾よく治めようとしたのであった。学問所では武士、町民、水呑み百姓のせがれを問わず、誰でも肩を並べて勉強することができたということである。

 それ以来伝統的に、多久では論語の勉強がさかんで、その日も小学生のための論語教室が開かれることになっていたのだが、それにはちょっと時間が早くて、子供たちのさえずる論語は聴くことはできなかった。それにしてもスズメが論語をさえずるほどに、多久では熱心に論語を暗誦する人々がいたということなのだろう。

 さて私は土産物店で「論語かるた」を買おうか、と思ったのだけれど、いまさらこんなややこしいことを、、、という気がしてきて、代わりに「論語ひめくり」というのを買った。これなら31日分ですむというものだ。今日(8月13日)のお題は “見義不為 無勇也”(義を見て為ざるは勇なきなり)つまり、正しいことをしなくてはならない時にひっこんでしまい、行わないことは卑怯である、ということだそうだ。

 白川静著『孔子伝』には孔子が陽虎というライバルを嫌い、陽虎のいる土地から逃げ続けた、というエピソードが書いてあるそうだ。普遍的な人間の道を求め、大思想家と言われる孔子先生だけれど、人間らしい側面があったようで、自分の人生をこなすのには、結構てこずっていたのではないかと、私は少々ほっとしたのだった。こうあるべき、かくあるべきと偉そうにしていらっしゃるけれど、なんだ私たちとあまり変わらないんじゃないの?とひそかに思ってしまうのだ。

 

 

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コメント

アハハハハ!
孔子もなぎささんにはかないませんね!(^^)
学生時代に添乗員をやってた私は、普段えらそうに部下を叱ってる有名企業の社長さんが、現地では夜のオネエチャン選びに目の色を変えてるところを何度も目撃しました。
幻滅でしたわ・・・。

昔の人の向学心には頭がさがりますね。
便利な時代の私たちはどれほどの努力をしてるんだろ?

投稿: 便利屋 | 2010年8月14日 (土) 18時25分

便利やさま

あは!そういえばかの坂本竜馬がこういうことを
言っていたそうですね。

お偉いさんと会うのに臆することなど無用だ。
その男が女といちゃついてる姿を想像すれば、
ただのおっさんなんだから、、、。

さーすが竜馬くん!発想が違いますわよね^^

投稿: なぎさ | 2010年8月14日 (土) 21時49分

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