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その子はきっと大物になるでしょう

Pict0065  今日は大阪に住む娘一家がとても仲良くしてもらっている、F さんのうちの一人娘 舞ちゃん(仮名)の話題です。舞ちゃんのママから娘が聞いて、それを私に話してくれたことですが、とてもおもしろかったのでご紹介しましょう。

 舞ちゃんは東宮家の愛子さまと同じ学年で、姿かたちもよく似ているそうで、誕生日も一日違い。一点豪華主義とかで、舞ちゃんは10本の指でも足りないくらいのお稽古事にはげんでいるそうだ。

 センダン(栴檀)は双葉のころよりかんばしいそうだが、舞ちゃんも小さいときから利発な子で、二歳のころから母親の話し相手をつとめることが出来た。ママが舞ちゃんのパパのことで愚痴を言うと、、フンフンと聞いてやりながら「それって○○○○のこと?」とママに言っていたそうだ。 (○○○○とは舞ちゃんのパパの名前だ。)

 舞ちゃんがテレビを見ていると、愛子さまがなかなか学校へ行けないという報道があっていた。すると舞ちゃんはテレビに向かって言い放ったそうだ。「どんだけ姫やっちゅうねん!」・・・舞ちゃんが学校へ行くと、そこにはドラえもんに出てくるジャイアンみたいなのが待ち構えていて、舞ちゃんの頭を叩いたり足をキックしたりするのだそうだ。それでもめげずに舞ちゃんは学校へ行く、、、。 

 両親の期待を一身に受けて、日々 刻苦勉励にはげむ舞ちゃんだが、ある日のこと、舞ちゃんの言動の何かがママの逆鱗にふれ、ママはたいそう怒りまくった。ママはあたりをなぎ倒すくらいの剣幕で舞ちゃんを怒り飛ばした。それでもなお何か言い足りなくて肩で息をしていたとき、舞ちゃんはのどかに言ったそうだ。「ママー、もう終わったぁ?」

 そんな余裕たっぷりの舞ちゃんだが、ときには小学二年生らしい顔をみせる。舞ちゃんの友達が、浅田真央ちゃんにファンレターを出したら、なんと返信がきたのだそうだ。それで舞ちゃんも真央ちゃんにファンレターを出したいとママに言った。それはバンクーバーの冬季オリンピックが終わった直後のことであったので、ママが言ったそうだ。「真央ちゃんは今はとても疲れてるだろうし、忙しいだろうから、もっとあとにしなさい」 すると舞ちゃんは言った。「だったら真央ちゃんはやめて、いとうあさこ にするぅー」 

 うちの娘に男の子が生まれて初めて舞ちゃんに見せたとき、「この子は○○○っていう名前なのよ」と舞ちゃんに教えたそうだ。すると舞ちゃんは速攻で言った。「ヘンな名前」

 さて私はいつか大阪の娘のうちに遊びに行くようなことがあれば、ぜひとも舞ちゃんにお目もじを願って、その小気味よい大阪弁を聞かせて欲しいと思っている。ピアノもなかなかの腕前だときいている。けれど舞ちゃんはとても忙しい人なので、そう簡単には会えないらしいのですねー^^。

 

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多久のスズメは論語をさえずる 多久聖廟

Pict0031 台風が来るまえの大変に暑い日に、佐賀県多久市にある多久聖廟へ行った。そこには青銅で出来た孔子像が祀られ、学問所などが点在していた。

 孔子が唱えた学問が儒学と呼ばれ、孔子の言行録は孔子の死後「論語」という書物にまとめられたものだそうである。 多久の殿様は領民を治めるのに、武力ではなく、学問教養をつけることで首尾よく治めようとしたのであった。学問所では武士、町民、水呑み百姓のせがれを問わず、誰でも肩を並べて勉強することができたということである。

 それ以来伝統的に、多久では論語の勉強がさかんで、その日も小学生のための論語教室が開かれることになっていたのだが、それにはちょっと時間が早くて、子供たちのさえずる論語は聴くことはできなかった。それにしてもスズメが論語をさえずるほどに、多久では熱心に論語を暗誦する人々がいたということなのだろう。

 さて私は土産物店で「論語かるた」を買おうか、と思ったのだけれど、いまさらこんなややこしいことを、、、という気がしてきて、代わりに「論語ひめくり」というのを買った。これなら31日分ですむというものだ。今日(8月13日)のお題は “見義不為 無勇也”(義を見て為ざるは勇なきなり)つまり、正しいことをしなくてはならない時にひっこんでしまい、行わないことは卑怯である、ということだそうだ。

 白川静著『孔子伝』には孔子が陽虎というライバルを嫌い、陽虎のいる土地から逃げ続けた、というエピソードが書いてあるそうだ。普遍的な人間の道を求め、大思想家と言われる孔子先生だけれど、人間らしい側面があったようで、自分の人生をこなすのには、結構てこずっていたのではないかと、私は少々ほっとしたのだった。こうあるべき、かくあるべきと偉そうにしていらっしゃるけれど、なんだ私たちとあまり変わらないんじゃないの?とひそかに思ってしまうのだ。

 

 

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ロイヤルスマイル

Pict0023 左の写真はわたくしが撮りました、と言いたいところだが、実は友達の娘さんが撮影したものである。

その娘さんの職場ではオーナーはじめ全員が臨時休業して、両殿下の追っかけをしたのだそうだ。お二人がお見えになる日は朝早くから桟橋で待機していたそうだが、そこではいくらでもシャッターチャンスがあったというのだ。 おじいさん、おばあさんがしわくちゃな手を差し出しても気軽に握手に応じられたと言う。

近々と両殿下を見た友達が言っていたのだが、紀子さまが船から降りて来られたとき、まるで天女が舞い降りてきたかのような錯覚を覚えたと言っていた。シミひとつない白い美しい顔。絶えることのない笑顔。そそとした物腰。気品に満ちみちていたという。

私も近くの国道に出て、ご尊顔を拝したが、その昔、古典の時間に習ったように、“はづかし”はこちらが恥ずかしくなるほどに相手が立派だ、という意味合いだということを思い出させるような風情であったのだ。

さて私は送って貰った紀子さまの写真のうちの一つを携帯の待ち受け画面に貼り付けた。修養の足りないこのわたし。何かといえばすぐにイライラしてくるのだが、イラッときたらすばやくケイタイを取り出し紀子さまの笑顔を見ることにしたのだ。私は典型的な、外づらよくて内づら悪い人間なのだが、家の中でもにこやかにしていたらよさそなものなのに、それがなかなか出来ないでいるのだ。ほんとうに紀子さまはあの若さで、人知れぬ苦労もあろうというのにご立派だ。これからはあの笑顔にあやかり、こちらの機嫌も引き立てていくことにしようか。

さて友達は秋篠宮様にはあまり関心がなかったそうだが、パッと見た瞬間、何故かはわからないが、全身に鳥肌がゾクゾクと立ってきた、と言っていた。ああいう方たちには何か特別なオーラが出ているのだろうか。私も桟橋まで行けばよかった!なぜ行かなかったかというと、ほんとうはミーハーなのに、ミーハーじゃないふりをしていたかったからなのだ。なりふり構わず車をぶっ飛ばし、桟橋まで行けばよかったのになー。なにしろ天地開闢以来初めて、この島に皇族が足を踏み入れられたのだ。

マァしかしよかったよかった。高貴な方はちょっと波が高くてもおいでにならないところだったという。その日は少々暑かったがとてもいいお天気で、両殿下の素晴らしい笑顔を見れたのだ。希望者には紀子様の写真、無料配布しておりますよ(^_^)

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