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“島じゃ常識さざえカレー”

Pict0106 去る日曜日、『どこでもエネルギーの時代に向けて~自然エネルギーと地域づくり~』というシンポジュームを聴きに言った。出かける前にいつものカレーを炊いておいた。家族にカレーさへあてがっておけば、シンデレラみたいにワァ~12時だ~と、ばたばたと急いで帰らなくてもいいというものだ。 

 第一講は自然エネルギーのパイオニア、風車博士としても知られているという、ある工業大学の学長さんによる自然エネルギーのいろいろについて。風力発電、太陽光発電、地熱、波力、バイオマスetc。スライドを見たりメモをとったりで忙しかった。

 第二講は過疎の町、特に離島を活性化するためにNPO法人で活動しているNさんの話。世界中の過疎の町で成功している事例。デンマーク サムソ島では全島あげての自然エネルギー活用に取り組むことによって、エネルギーの100パーセント自給に成功した。スウェーデンのゴットランド島、スペイン カナリア諸島、ギリシャ クレタ島なども盛んだ。日本でもこれまで年中悪風が吹くというので困っていた所で、その風を逆手にとって町興しに成功した所も多い。

 とりわけ興味深かったのはNさんの故郷 島根県 隠岐の海士(あま)町の事例だ。海士町では全町あげての試みが功を奏し、町に働く場所ができ、町民2400人の所にアイターン者がこの数年で167名あった、というのだ。

 離島というのはどこでも同じようなものだと思うが、高校を卒業するとほとんどの若者は島を出て行くことになる。残れるのは幸運にも農協か漁協か役場に就職できた者、または、ちゃんとした家業がある者だけだ。年寄りはそのうち死んでいくことになっているから、島の人口は減っていくのが自然の道理であって、増えるということはまず考えられないのだ。

 ところが海士町ではだんだんと若い人が増えてきたのであるから画期的なことなのだ。そこではもちろん風力発電も積極的に取り入れた。そして“海 潮風 塩”をキーワードに商品の開発に取り組んだ。“春風岩がき”“島じゃ常識さざえカレー”だとかユニークなネーミングの商品が出来てきて、それは若者たちに働く場所を提供したのだ。

 隠岐というところはよほどサザエがふんだんに獲れるところなのだろうか。 私は今朝がた家で炊いてきたカレーのことを思った。我が家ではカレーといえば牛の角切り、じゃがいも、たまねぎ、にんじんを入れ、圧力鍋でガーンと炊いたら、辛口のルーを入れるだけ、が定番だ。うちではサザエ、ときたらまず刺身、ついでつぼ焼き、それからサザエご飯というところだろうか。さざえカレーなど思いつきもしないのだ。

 さざえカレーなるものを一度食べてみたいものだ。 しかし家にはカレーにサザエなど入れたら「んまっ、なぎささん カレーにサザエを入れるなんてヒジョーシキッ!」と言いそうな人が約一名はいるから、家庭の平和を維持するためにも、これはだれ~もいないときに、こっそり一人で食べてみるに限る。

 ある時 瀬戸内寂聴さんがテレビで言っていた。「人間ね、秘密を持つと人生楽しく生きられますよ」 私はその時「水もしたたるイイ男とアヴァンチュールを楽しみなさい」ということかな~と想像しながら聞いていたのだが、そうではなかった。なんと寂聴さんは携帯小説をこっそり匿名で書いて発表していたそうだ。(たしかルナというペンネームだったかな)それがワクワクとして大いなる喜びをもたらしてくれたそうだ。

 私は小説を書くような才能はまったくないが、こっそり一人でさざえカレーを食べることくらいなら出来る。いつかそうしよう!と決めたらあらら、心の中になにかホワホワとしたあたたかいものがわいてきて、「人生って捨てたもんじゃないな」って気になってきたではありませんか。秘密を持つと人生楽しく生きられるってほんとうみたいですね!

 

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ガンジス川のように

 Pict0078 腹を立てるにもいろいろレベルがあるものだ。ちょっとカンにさわる、イラっとする、カチンとくる、猛然とむかっ腹がたつ、、、。その様相は様々だ。 しかし私としても腹を立てたいなどとは思っていないのだ。どうしたら腹が立たなくなってエレガントな淑女になれるのだろう。

 沖縄や奄美大島などに棲息するハブの話を聞いたことがある。発生の段階で、ヒトはハブと同じところにいたことがあって、その頃は同じような毒をもっていたのだそうだ。人がハブから咬まれるとたちまちにしてその人の筋肉が溶けてしまうそうであるが、実は人も依然として体内にハブの毒に匹敵する毒をもっているそうだ。ただしそれは普通の状態では現れないのだが、ひとたび人が怒ると、その毒が触媒かなにかになって、自分自身のたんぱく質を溶かすのだそうだ。それは科学的に正しく証明されていることかどうかはわからないが、怒ることが人の身体にとって、ちーっともよくないことだ、という訓戒のための話なのである。

 『怒らないこと』(アルボムッレ・スマナサーラ著)という本を買って読んだ。フムフム、なるほど。お釈迦様がそういうふうにおっしゃいましたか。徹頭徹尾いいお話だった。やはりそこでも怒りが内臓その他に悪影響を与えるということが書いてあった。腹を立てるのってほんっとによくないことなのね!じゃ、腹を立てるのは今日ただいまからやめましょ、と思ったとしても腹は立てずにおらりょうか、私は相変わらず腹を立てているのである。

 著者は書いていた。“ガンジス川のように、何があってもびくともしない心を作りましょう” 他人から何かを言われて腹が立ちそうになったら、“私は何を言われても、ガンジス川のような心で接します”と心で思いなさいというのだ。ガンジス川の流れに怒りの炎で燃えさかっている松明を浸しても、ガンジス川は痛くもかゆくもなく、平然としているではないか。ああいうふうになりなさいと。私はガンジス川を見たことなどないが、源流がどこにあるかもわからないほどに遠くからはるばると流れてくる川は、さぞかし悠然として逆巻くこともなく、王者の風格をもって流れているのだろう。

 一方日本には大中小3万本の川が狭い国土にひしめいているそうである。外国の川の専門家は日本の川を見て言ったそうだ。「日本の川は川ではなくFALL(滝)だ!」と。日本の川は忙しい。五月雨をあつめてはやし最上川、ではないが、超特急で駆け下る。日々あくせくと動き回り、人にまみれ、腹を立てる私自身のようだ。 

 この著者は驚くべきことに「見るもの聞くもの、まったく腹がたたない」境地になっているそうだ。しかし私は思った。スリランカから東京へやってきている偉いお坊さんを怒らせるような人が回りにいないんじゃないかと。職場へ行けば、おとりまきはメンタル的にはかなり高尚な人々ばかりに違いない。それからまた、お坊さんであるから妻帯していないかもしれない。奥さんがいればたいてい腹がたちそうなものだ。であるがゆえに外でも腹が立たず、家に帰っても怒らせる人がいないので腹も立たない、のではないか、というのが私の勝手な独断なのだけれど、よそのおうちではどうなのでしょうか?

 まぁそんなことはどうでもいいけれど、この頃身体のあちこちが痛いのは加齢のせいだと思っていたが、そうではなく、あまりにも腹を立てるので、ハブの猛毒に似たようなものがたんぱく質を溶かしているのではないだろうか。筋肉や骨が少しずつ侵食されていたりして。長生きするためには本気で腹を立てないように努力してみるかなー。何を言われようがされようが、ガンジス川のように慌てず騒がず泰然と。一番古いと言われている仏教の経典の最初に、「怒りを死に至るくらいの猛毒としてみてください」とあるそうなのだから。  

 

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