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あのハゲネズミには

Pict0027  織田信長というと、近寄れば背中の日本刀でいきなり斬りつけられそうで、まるで親しみを持てないとずっと思っていたが、渡部昇一著『なでしこ日本史』を読んでいささか認識が変わった。

 秀吉が寧々を妻に迎えるころ、秀吉は赤貧洗うが如しの貧乏ぶりであった。スノコの上にワラを敷き新婦を迎え、欠けた茶碗で固めの盃を交わしたそうである。それなのに秀吉ときたら、妻の内助の功も忘れたふりをし、出世するにつれ多くの女性を追いかけ回し、お尻があたたまるヒマもないのだった。若き日の寧々は嫉妬心もあり信長に「うちの人に意見の一つも言ってください」と愚痴を書き送ったことがあった。すると信長から折り返し手紙が来た。

 “あのハゲネズミ(秀吉)には、あなたのようないい女房が二度と現れることはないのだから、奥方らしく、落ち着いてすごすように”

 それを読んで私は思った。信長という人は案外とユーモアもあり、人の心の機微もわかる人なのかもしれないと。 

 信長が死去し、最高権力者となってからの秀吉は、世が世であれば手も出せないような身分の女性を次々に側室にしてしまうのだから、寧々としては穏やかではいられなかったことであろう。それでも秀吉によく仕えよく耐えたのであった。

 秀吉が関白の位を得ると、寧々は北政所と呼ばれ、最後には三后に準じて従一位となる。三后というのは太皇太后、皇太后、皇后をいうそうで、それに準じるというのは、これは日本の女性としてはもうこれ以上の位はない、ということである。そういう名誉ある位を得たからといって、寧々がほんとうに幸せだったかどうかは疑問だ。

 淀君が子供を連れて大阪城に移ってくると、寧々はささっと身をひるがえし、京都の高台院に入ってしまう。のちに豊臣家が存続するかどうかの瀬戸際のときには、家康にくみして関が原の戦いの動きを左右したのであった。

 あのような時代に秀吉のような夫を持った女の心理はどのようなものであったか興味深い。寧々と同時代を生きた、前田利家の妻 まつ、山内一豊の妻 千代などの生き方も魅力的だ。才気煥発だったと言われる彼女らの大きな働きがなかりせば、夫たちがめでたくも一国一城の主となれたかどうかはわからないのではないだろうか。

 私は吉川英治の『新書太閤記』はあまりにも長々と続くので、途中で頓挫したまま読み終えていないけれど、そこではたいそう秀吉に友好的な書き方だったと思う。しかし男たちがヒーローの物語もいいけれど、女たちの生き様に視点を当てた物語も、おもしろいのではないだろうか。

 調べてみたら、『おんな太閤記』というのがすでに書かれていてドラマにもなっているのだった。 アマゾンで買いましょ、と思ったら、これはプレミアムがついていて、かなり高いことがわかった。では、と近くの図書館に行ってみたら、県立図書館から取り寄せてあげます、ということだった。

 本が届くのも楽しみだ。DVDもあるそうだから、そのうち秋の夜長にゆるゆると観てみたいものである。

 

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この栗ご飯はおいしい

Pict0014_2  今年は栗が豊作だったらしく、我が家でもあちこちから沢山の栗をいただいた。なかにはイガのついたままのもあって、これはどうしたらよいものか、と思ったら、長靴をはいた足で踏んづけて、それから長い火箸で栗をとりあげるのが一番よろしいと聞いた。これはなかなか楽しい作業でついつい夢中になってイガ取りに励んでしまった。 イガの硬いトゲは堆肥になりにくいし危ないので、燃やして灰にした。

 イガをとったらクリクリ坊主(栗むき器)で皮をむき、ちょっとばかりボイルして冷凍保存。冷凍庫に栗がごろごろはいっているのを見ると、たいそう豊かになったような気がするものだ。

 さて、3年位前にもと旅館のおかみさんによるサザエご飯の炊き方を書いた。これは何故か、見知らぬ人々からよく読まれているようだけれど、今回は栗ご飯の巻。

 おばさまは86歳になったがますます元気。二升分くらいの栗ご飯はあっというまに炊いてしまって、隣近所、息子に娘のうち、はたまた孫のうちまで、きれいなお重に詰めて配って回る元気さである。

 おばさまはどんなふうに炊くかというと、分量などはおおざっぱですべてカンによる。だからなにもかもテキトーでいいのである。

 まず栗は、渋皮が少々残っているくらいにむく。そうするとご飯がほんのり桜色に染まり美しいのだ。つぎに栗はほどよい大きさに切る。お米と栗と適量の水を入れたら、砂糖少々と塩を入れる。これも自分で納得した量を適当に入れる。そうして炊いたらハイ!おいしい栗ご飯の出来上がりだ。

 おばさまは息子や娘の誕生日には自ら腕をふるって誕生パーティのご馳走をこしらえる。おばさまの料理は昔ながらのおふくろの味だ。そんな日は孫、ひ孫たちまで勢ぞろいして、にぎやかに過ごすそうだ。おふくろの味、おばあちゃんの味は今なお皆から喜ばれ、心待ちにされているそうである。おばさまはついこの間まで、忙しいお嫁さんに代わって、毎朝、高校生の孫さんのお弁当まで作って持たせていたのである。

 86歳になっても得意の料理で、周りの人を喜ばせることが出来る人などそう滅多にいないのではないだろうか。親の鑑、姑のかがみみたいなおばさまの真似は果たしてできるのだろうか。そんなことを私たち嫁仲間はいつも話しているのである。誰かご飯作って私に食べさせてよ!と私などは内心思ってるものだから、おばさまの偉大さに打たれるのである。

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