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三人の殿様に

Pict0086 長男が家に戻ってきてくれたのは喜ばしいことであったが、三人だったのが四人に、家業も二つという状態になると、私の賦役も大幅に増えて、なかなか忙しい日々を送ることになった。

久しぶりにKさんと出会った。Kさんは我が家から二番目に近い隣人である。一人暮らしということもあり、到来物のおいしいものなどがあるときはKさんの所へ持って行き、20分ほどはおしゃべりを楽しんだものだった。けれどもこの頃ではそんな時間もなくなっていた。

私はKさんに言った。「この頃ぜんぜん余裕ないんですー」するとKさんは言った。「そうでしょうよ。なぎささんは三人のお殿様に仕えているんですもの、忙しいはずですよ」

え?三人の殿様に? そう言われてみると、、、。そんな気がしてきたぞ。三人が暴君だというわけではないが、有言無言の要求、強制によって、したくもないことをしていることは多々あるのだ。

たとえば、「今日はトーストとコーヒーだけでいいんじゃない?」と私自身は思う日でも、旅館で出されるようなヘビーな朝ごはんを並べざるをえない、ということもあるし、磨きたくもない鍋の底をみがく、ということもしょっちゅうなのだ。

そうなんだー、今まで気づかなかったけれど、わたしって三人のお殿様にお仕えしてたのね、かわいそうななぎさちゃん!

それで私は夫に言った。「今日、Kさんに会ったんだけど、なぎささん、三人のお殿様に仕えて大変でしょう?って言われたのよー。それからね、(これより先はなぎさの創作)このあたりで、なぎささんほど朝から晩までよく働く人はいないと思う、って言ってた。ホントに世間さまってなにもかもよくご存知なのねー」

それを聞いた夫は言った。“自分は一度として、お殿様のように仕えて貰った覚えはない。それどころか、じゃじゃ馬の女房のご機嫌をとるために、朝から晩まで、馬車馬のごとくに働いておる”と、まぁこんなふうに言ったのですね。

それを聞いて私はへーっと驚いた。現象は一つなのにどうしてかくも主観に落差があるのだろう。私は滅私奉公してるつもりなんですけど。ぶー。

そういうオソマツなやりとりをしているころ、私は天皇皇后両陛下の記者会見をテレビでみた。両陛下は物静かに、かつにこやかに、感謝状をおたがいにやりとりなさっているのだった。

皇后様などは「これだけでは足りないような気持ちがするのですが、このたびも感謝状を」と限りなく謙虚でおくゆかしくいらっしゃる、、、。     つづく

    

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背中があつくて困りました

 Pict0004_2  四月17日から20日までマゴに会うために大阪まで行ってきた。さて今度はどんな持ち物にしたらいいのだろう。とりあえず長崎まではキャリーバッグをひっぱり、着いてからは友達と数軒の店をまわり、手ごろなリュックを探した。というのは私のキャリーバッグは頑丈なのはいいが、重たくてしょうがないのだ。エスカレーターなどでヨイショと持ち上げるときにとても重たい。それにしばしば置き忘れる。

これなら、と思うリュックには赤、黒、ベージュ、の三点があった。さぁどれにしようか。友達の助言もあって、私は赤(少々黒い部分もある)のリュックを買うことにした。というのはもう黒やらベージュやらうんざりしてきていたのだった。衣類の引き出しをあければ茶系統や黒やグレーの服ばかりで、今まではこれがシックでよろしい、と思っていたのだが寄る年波のせいか、いささか反動があらわれたのか、だんだんイヤになってきたのだ。

キャリーバッグは友達に預けることにして、中身を赤いリュックに詰め替えた。キャリーを引っ張って行くのとどっちがラクチンだったろうか。小さな子供の手を引いて歩くのとおんぶして歩くのは、おんぶするのが断然安全安心なように、人混みの中ではやはりリュックのほうが歩きやすかったように思う。

ところでこの頃のヤンママは、家の内でも外でも赤ん坊をおんぶなどしないのだそうですね。おんぶしないでどうして家事が片付くものかと私は思うのだが、よほど要領がいいのだろうか、さもなくばろくに家事をしないのだろうか。

さてリュックをしょって歩いた大阪は日中とても暑かった。街中はまるで真夏のような暑さで、リュックを背負った背中は熱くてしようがなかった。暑い時のリュックは考えものだなー。軽くて明るい色のキャリーバッグを探してみるかな。

さておみやげとして、マゴには平山和子作『イチゴ』という絵本。ムスメには俵 万智著『かーかん はぁい 子供と本と私』を持っていった。訊いてみるとマゴは保育所では絵本を読んでもらうのが大好きらしいのに、家ではなんにもしていないというのだ。ムスメは1年たって仕事に復帰したのだが、子供に本を読んでやる余裕がまだないらしいのだ。

そんなんじゃダメでしょ。ほらこの本読んで。万智さんみたいな才媛と同列にはいかないと思うけど少しはマネしてみたら?万智さんによると、1才の男の子でも雑誌のグラビアのかわゆい女の子をじーっと見入っていることがあるそうだ。赤ん坊だと思ってあなどるべからず。

忙しいなりに親子三人で仲良く暮らしているようなので、安心して、こんどはリュックを忘れることなく首尾よく帰ってきたのでした。

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こう忘れっぽいのでは

027 三月の終わりころ小さな旅をした。羽田空港に着いて迎えに来ているはずのムスコの姿を探すが見当たらない。携帯もうっかり充電切れで、やっとのことで公衆電話を探し出しコールすると、今まで寝てました、の声が聞こえてきた。

京急線に乗って品川乗換え新宿東出口まで一人で来てよね、と言うのだ。えーっ京急線だなんて初耳。おのぼりさんのおっかさんをなんと心得ておると言いたいところだが、気を取り直し前進することにする。

切符を買おうとしたところで気がついた。これまで引っ張ってきたキャリーバッグ(これより省略のためキャリバ)を公衆電話の前に忘れてきているのだった。

あたふたと走って行ったら、、、おりこうさんにちゃんと立って待っていてくれた。中にはムスメの卒業式に着ていくべく、春の装いをばっちり詰め込んできているのだった。(ところがその当日、26日はめちゃくちゃに寒くてとても伊達の薄着をする気にはなれず、とうとう出番なし)

さて、このキャリバを忘れてしまったのはこの時ばかりではなかった。4泊5日の旅をほぼ終えてさぁこれから五島行きの船に乗ろうか、という時。なんとタクシーのトランクにキャリバを忘れてきているのに気がついた。タクシーの運転手さんも忘れていてさっさと走り去ってしまったのだった。

さぁどうしよう!ここまで来て船に乗り遅れました、と言ったんでは家の者に「アホか」と言われるに違いない。出航まであと10分だ。

するとその近くにタクシードライバーの人たちが数人タバコを吸いながら話していた。青くなって「荷物が~」と言う私に、どこから乗ったのか、何色の車だったのかなど訊いてテキパキと連絡を取ってくれたのだった。その車が戻ってくるまでに5分くらいはかかっただろうか。すぐにお客を乗せていたらとてもこう首尾よくはいかなかったにちがいない。

脱兎のごとくに走り出した、といってもキャリバをゴロゴロと引っ張るのだから思うようにはいかないのだが、なんとかセーフで間に合った。あぁ良かった~ついてた~!

それから私は考えた。これから旅をするなら荷物を極力少なくするのも一考すべきだが、リュックサックを背負うというのはどうだろう。旅はハイキングスタイルでルンルン!素敵なリュックサックを探してみることにしよう、、、。と思いつつ或る人に相談したら「戦時中じゃあるまいし、そんな格好じゃみっともないですよ」ときた。

そうねぇでもこう忘れっぽいのでは、格好の良し悪しなど言ってはおれないのだ。

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