« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

秋の霜のおかすべからざるごとく

『日本外史Hanabana_035_2』を著した 頼山陽の母 梅颸(ばいし)はなかなかの苦労人であった。山陽(幼名久太郎)は当時のものさしでははかれない規格外の子であり、両親の理想には程遠く心配の種がつきない問題児であったのだ。

そのうえ我が子ばかりでなく、人の子まで何人かを育てねばならない巡り合わせであり、今のように紙おむつや粉ミルクがあるはずもない時代であったから、並大抵の苦労ではなかったのである。もっともなにかと便利な現代においても、小さな子供を育てるということは、並大抵なことではないのだが。

夫の立身出世は喜ばしいことではあったが、長々と江戸へ出向を余儀なくされ、真面目に勤めているのではあろうが、実際には一体なにやってんだか、、、たまに短い便りがあるくらいでは皆目わからないのであった。

梅颸はその寂しい胸の内を、大阪で暮らす父の義斎(町医者の傍ら儒教を教えていた)に手紙で訴えた。それを読んだ父は急いで返事をしたためた。父は儒官の妻としての心得を娘に今一度、言い含めておかねばならぬ、と思ったのである。以下はその『父ヨリ教訓の文』の抜粋である。

“…どふで侍の妻となりては、町人百姓のような根性下げては、役に立たず。侍の妻とて、人に貴ばれ、敬はるゝからは、、かくべつな所なかればならず。かくべつな所とは、道をまもりて、勇み剛きにあり。ぐにゃぐにゃなきづら、人に見すべからず。みれんな事、人に聞かすべからず。秋の霜のおかすべからざるごとく、りんぜんと、すずしく、立ち上がるべし。かりにも、よわきなみだ、もろき根性あるべからず。心と心をとりなをし、気で気を引き立て、うれいの思ひあらば、うたふて心を散ずべし。”

父は悩める愛娘に、人に愚痴をこぼしたり、泣き言を言ったりすることをいましめ、いろいろな思いがある時は、歌を詠んで気持ちを発散させること、自分ひとりの力で、凛然とすずしく立ち上がれ、と諭したのであった。

さて現代の我々の世代の親はどうであろうか。娘が嫁ぎ先で苦闘していると聞けばどう反応するのだろうか。「まぁまぁ、そんなに大変だったら、早くうちへ帰ってらっしゃい」と言ってみたり、孫でも連れてこようものなら「ハイハイ、おばあちゃんですよ、これから、このおうちで仲良くくらしましょうねー」などと言うのではないだろうか。

いやいや、そんななまぬるいことを言ってはいかんのだ。あっぱれな義斎とうさんの精神を見習って、娘には断固とした態度で教訓を与えねばならぬ。「秋の霜のおかすべからざるごとく、りんぜんとすずしく立ち上がるべし!」

しかし義斎とうさんはこのような事も娘に伝えている。“世の中に道より外は何事もすっぽらぽんのぽんにしておけ”  守るべきことは守らねばならないが、その他のことはたいがいにして、人生を楽しみなさいと言っているのである。

梅颸は夫に先立たれ、娘にも先立たれ、山陽にも先立たれるという悲劇に見舞われる。そのうえ老齢になってもなお、孫やひ孫の養育に追われたのであるが、さまざまな苦境をみごとに乗り切ることができた。問題児であった息子 山陽は世に認められ、愁眉を開くことも出来たのだった。人生の重大な局面で、父の慈愛あふれる教えが娘を救ってきたのではないかと思うのである。

        見延典子著 『すっぽらぽんのぽん』より

| | コメント (10) | トラックバック (0)

おくちをミッフィーちゃんにしときましょう

002 その昔、子育てに励んでいた頃、子供の着ている服を見て、おかあさま(姑)から、「そんな格好じゃ風邪ひかせます!もっと着せなさい」などと言われると、うるさいなーこれでいいのに、と思いながらも一枚また一枚と着せかけていたものである。そのとき、これから先“若い人たちにはヤンヤと口を出さないことにしましょ”と心を決めたはずだったのだが、、、。

今、家には娘とその赤ん坊がいるのだが、朝になって娘が赤ん坊を抱いて居間に現れオハヨと言うとき。赤ん坊がいと涼しげなる格好をしている(と私には思われる)のを見ると、たちまち何かを言わずにはいられない。「まぁー、そんな服では風邪ひかせます!」

すると娘はいくつか服を持ってきて「じゃ、これは?」「ノー」「ではこれは?」「ノー」

それはあたかもキャッチャーがいろいろサインをだすのを、ピッチャーがかぶりをふって、「ノーノー」と言っているみたいなのだが、そのうち娘が「もぉ!おかあさんが好きなもの、なんでも着せて!」と言い出す始末で、これが嫁さんだったら、とっくの昔に嫌われていることだろう。

斎藤茂太さんがどこかで書いていたのだが、たとえ身内の者であっても、よけいなお節介、よけいな干渉はしてはいけない。たとえば孫がどこかへ出かけようとしていたら、「どこへ行くの?」とは訊いてはいけない。孫には孫の、誰にも知られたくない事情があるかもしれないのである。だから斎藤家では「どこへ行くの?」の代わりに「気をつけて行ってらっしゃい」と言うのだそうである。

まぁー、なんとハイカラで高尚なおうちでしょう!と私は思う。これがうちだったら、「どこへ行くの?」はもちろん訊くし、そんな服装じゃそぐわないんじゃない?とか誰に会うの?とか、アブナイ所へアブナイ時間に行ったらいけませんとか、言わずもがなのことを連発するに違いないのだ。

うちなどはつい先ごろ山奥からポッと出てきた山ザルみたいなものだから、まだまだ進化の途中であるからこの程度のレベルであることは仕方がないとしても、 「気をつけて行ってらっしゃい」 とだけ言えるようになるまでにはあと100年くらいかかるのではないだろうか。

そんなことを話していたら娘が言った。先ごろお笑いで「お口をミッフィーちゃんにしときましょう」と言ってウケた芸人さんがいたそうである。なるほどミッフィーちゃんはいつだっておくちをバッテンに結んでいる。どうしても過干渉になってしまうこの私も、お口をミッフィーちゃんにしといたほうがいいのかもしれない。

そして赤ん坊が風邪をひいたら「あらあら、風邪を引いたのォー、かわいそうにィーおォーヨチヨチ」と言えばいいのだね。

そうは思うがお口をミッフィーちゃんにしとくのはじっつに難しいことなんである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »