源氏物語は永遠に
この私などは一通りの一日の家事を終えただけで、疲れた~~と言ってくたばっているというのに、世の中にはこころざしの高い立派な女性がいるのだなぁ、と感慨深く思ったことがあった。
新聞記事によると、上野栄子さんという(現在80歳)かたが母上の介護をしながら18年かけて、源氏54帖すべての現代口語訳を終えたというのである。そしてそれはこの度本になり刊行された。(全8巻二万五千円也日本経済新聞社刊)
源氏物語は学生の頃、半年間くらい講義を聴いたことがあるが、その文章というのは、句読点もなく長ながと連綿と続き、迷路を行くがごとく入り込んでいて、いつどこで誰がどうした、は判然とわからなかったことだけ覚えている。
けれど上野訳によると、『桐壷』の巻の有名な冒頭のくだりは “どの帝の御代であったか。女御や更衣が沢山お仕えしていたなかに、特に高貴な身分というほどではないが、ひときわ目立って帝のご寵愛を受けていられる御方があった”というように、たんたんとわかりやすい言葉を選んで訳してあるのだという。
源氏物語の現代口語訳は今ではたくさんの人が手がけ、漫画もいろいろ出ている。娘たちが読んでいた『あさきゆめみし』を手にとってみたら、光源氏は細面の今ふうイケメン。身の丈は6尺もあろうか。労働などしたことなさそな細く長い指。まるでイメージが違うような気もするが、若い人たちがどんな形であれ、この物語に親しみを持つようになればとてもいいことだと思う。
しかし稀代のプレイボーイ光源氏が次から次へと女に手を出す物語、、、おっとっと、こういう品のないことを言ってはいけない。源氏物語は全編これ敬語で書かれているのであって、何故なれば、それは宮中の出来事であり、登場人物はすべて、上流の高貴で品格のある方々なのである。だから我々がはしたない言葉をつかってしまったら「みやびでなかったわ、品よくしなくちゃー」と恥ずかしくなるような典雅な世界なのである。
で私としては光源氏の女性遍歴の物語が、さぁこれが王朝文学の傑作、最高峰でございますよ、と言われてもなぁ、という気持ちがあったが、ほんとうのところはそればかりではない、というのだ。今では世界中の言語に翻訳され、愛読者を獲得している確固たるわけがあるそうなのだ。
『男読み 源氏物語』高木和子著 によると、この物語には人間のあらゆる心理が網羅されており、鋭い人間観察、深い洞察力、強靭な思想に満ちみちた、高度に洗練された古典文学、日本の豊かな財産である!ということらしい。
そうだとしたら、あの世へみまかる前に一度はしみじみと読んでみたいものである。現代口語訳もいろいろあるが、訳者のそれぞれの恋愛観、人生観などで、その雰囲気はがらっとかわるそうである。読んで楽しいのは誰の訳だろう。
源氏物語は過去の遺物ではなく必読書である、とも書いてあった。千年の時を超えて日本人の愛の心ともののあわれを知ることができるのだと。いつか『源氏物語』の世界に足を踏み入れることができるだろうか。
全8巻もあったらたいへんだなー、、、と思ってしまうが、母上の介護のかたわら、うまずたゆまず鉛筆で書いては消し、消しては書いて訳しつづけた上野さんの努力を思えばいつかは読まねば申し訳ないような気持ちになってくるのである。
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