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できることなら順番に

004 私は亡き両親の介護らしきことは一度もしないうちに別れてしまったのだが、それは兄や姉たちが、五島は海外だとみなしてくれて、なにひとつ要求してこなかったのに甘えてしまったからである。

けれどふつうは老いた親の介護をめぐっては夫と妻、兄弟姉妹、親戚などの間ですさまじいほどの葛藤がくりひろげられるものである。そのうんざりするほどのごたごたは介護時代に突入している私のヨメ友達をみていてもその大変さがよくわかる。

年老いた人間のなにが一番大変かといえば、それは排泄問題であるらしく、よるとさわるとこの話で盛り上がる。今は紙おむつという便利なものがあるが、これも表と裏を間違えて穿いてしまえばあふれてしまうし、ビショビショになったものを後生大事にタンスの中にしまいこんだおばあちゃんもいる。なにをしでかすかわからないからと見張っているのも疲労困憊であろう。

いざ介護に直面すれば私などは「どうして私ばっかりこんなことしなくちゃならないのっ!あなたの親でしょ?(ワタシほとんどお世話になってないのよ)」と叫ばずにいられないのではないか、夫とは大喧嘩、冷戦、はては別れ話に発展するであろう、、、と自信もなにもないのである。

中江衆一著『黄落』は介護をテーマにした私小説風ものがたりである。こんなこと書いてしまっていいのだろうか。これが実話だったら、あとで兄妹の間で大もめにモメたのではないかと心配したものである。しかし老老介護という重たいテーマなのにささっと一気に読めたのは著者の巧まざるユーモアの精神がそこはかとなく感じられたせいではないだろうかと思った。

さて我が家のおかあさまといえば、下半身はいささかのトラブルがあるとはいえ上半身はいたって元気、頭の中も冴えわたっておいであそばすから、この調子ではヨメとシュウトメ、一体どちらが先にあの世に召されるのであろうか、とフト思ってみたりもするが、

良寛さまは“親死ね 子死ね 孫死ね”という言葉を残された。 親が死んだ後に子が死ぬ。そして孫が死ぬ。これが幸せな姿なのだよ、と教えられたのだそうだ。

であるとするなら、親の看病も介護も多少はさせていただいて、「はぁー、やっと逝ってくれたか、、」と安堵の胸をなでおろし、そののち「ではぼちぼち行くとするか、、、みんなありがとね、さよなら」と言って旅立つことができれば、それが一番の幸せではないかと思うこの頃である。

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「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

うんうん。
やっぱ順番って大切ですよね。
我家ではカミさんと私でどちらが先にボケるか競争してます。
先にボケちゃった方が得ですもんね(^^;

投稿: 便利屋 | 2008年3月 5日 (水) 14時36分

便利やさま

はぁ~、ワタクシといたしましてはどちらが先に死に行くか、を論議しておりましたが、どちらが先にボケるかも重要な議題でございますね。

たとえボケて半人前になってもちゃんとめんどうみてもらえるように、普段からおくさまのこと、裏切ったりしないようにしましょうねー^^

投稿: なぎさ | 2008年3月 5日 (水) 19時13分

順番。
運命には逆らえないですね。
私には、これからの問題です。

ぽっくり逝かれると逝かれたで
ちょっと寂しいような。
でも、介護はとても大変なこと。
私も仕事をしていれば、妻任せ
になってしまうと思う。

投稿: frusic | 2008年3月 6日 (木) 11時39分

frusicさま

俗に、40日ほど寝込んで十分看護もしていただいて、さようならも言ったのち、旅立つのが理想的!と言われておりますね。首尾よくいくといいのですがぁ、、、。

『黄落』今のうちに読んでおかれたほうがいいかもです。予習しておくと本番のときあわてないで済むことでしょう^^

投稿: なぎさ | 2008年3月 7日 (金) 07時36分

私の父は51歳で急逝、母は88歳で2年寝たきりで逝きました。

急逝は逝かれたほうも思い残しが多いので、少しは看病の時間も欲しい・・・と思っていたのですが。
寝たきりが2年を超えると(その前から、一人歩きが出来なくなってましたし・・・)、ふと「そろそろ逝って」なんて、時には薄情が頭をよぎります。

自分はこんな死に方がいい、と思ってもその通りにはいかないことは分かってますが、なんとか清潔に逝きたいと願うばかり。

死を迎える心構えも、ボケたら忘れてしまうかも~。

投稿: ば~ば | 2008年3月 8日 (土) 13時37分

こんばんは。ご無沙汰しております。

僕も両親の介護、一生の苦い思いがあります。

今は、自分自身精一杯生きることがせめての償いと考えています。

でも、これで親戚だけでなく兄弟とも疎遠になってしまったのは仕方ないことです。
せめて、自分の人生を有意義にすることが大切かと勝手に考えております。

投稿: ぞう | 2008年3月 8日 (土) 21時01分

ばーばさま

沢村貞子さんは、『黄落』を読んだあと、「何もたべないと10日くらいで死ねるのねー」と言ったそうです。そして「もう私には食べ物もお医者様もいらないの」と言ってほとんど食べなかったのだそうです。

さぁ、そんな凄絶な死が凡人にできるでしょうか?
私なんか「枕元になんでもいいから食べ物、置いててねー」とオネガイしそうだわぁ~~

「もうっ、おかあさんたらっ」ってあきれられるんじゃないかなー^^

投稿: なぎさ | 2008年3月 8日 (土) 22時14分

ぞう様

それぞれの家庭にそれぞれの事情があるのですから
親の介護をしたいと思っても、出来ないこともあるでしょう。

私なども兄姉から「ちょっとは義務を果たしてよ」と言われたとしても何も行動を起こすことは出来ない状態にありました。「ごめんなさい」というほかなかったのでした。

もう過ぎ去った過去はどうにもならないのですから考えないことにして、今を楽しく生きましょう!!

投稿: なぎさ | 2008年3月 8日 (土) 22時23分

60歳前後で、退職金をもらって退職して、ほどなく癌で半年くらい妻に看病してもらって死ぬのが一番妻にも、子供達にも孝行のようですね。
子供は、もう頼る親父が居ないからしっかり自立していくだろうし、妻は一人でせいせいして、退職金はしっかり相続し、厚生遺族年金はもらえるし、、、、

投稿: ナベショー | 2008年3月10日 (月) 16時24分

ナベショーさま

あらら、今日は弱気でいらっしゃいますねー!

50代までは身辺忙しすぎました。60になってやっと自分自身のための人生を歩くことが出来るのですから、妻孝行も子供孝行も考えないことにしましょう!

先ほど「おしゃれ工房」でターシャ・テューダーを見ました。
今日の名言“人生は短いから一瞬一瞬を楽しむの
草取りも皿洗いもたのしむの 人生は愉しむためにあるのよ”

92歳にして一人暮らし、お庭もあいかわらず素敵でした。

投稿: なぎさ | 2008年3月10日 (月) 22時16分

親が長生きすると、子供のほうが先に死んでしまうことも多々あること、、、
故郷のお隣の超しっかり者のおばさん、、
定年になったご主人を亡くして、三人の息子のうち二人を癌と事故で亡くし、他家に養子に出した末っ子だけに、、
帰省するたびに訪ねると、「長生きしても悲しいことのみ、、、」と嘆いてられましたが、数年して「これが人生、、と割り切りました」と。

投稿: ナベショー | 2008年3月11日 (火) 10時36分

ナベショーさま

そうですね、100歳まで生きてる人をテレビでみると、、、世話をしてるのは孫の世代の人たちですよねー。でも故郷のその方は、まるでヨブ記のヨブみたいに、不幸続きだったのですね。

でも割り切れるようになられて、良かったと思います。人間は失ったものより、あるものを数えて生きた方が幸せなのだそうですからねー。

投稿: なぎさ | 2008年3月11日 (火) 21時21分

3人の優秀な息子さんを大学に入れ、村でも絶好調のおうちでした。
しかし、定年になったご主人、さらに70歳を過ぎて二人の息子さんを亡くす、、
ほんとにヨブみたいな生涯です。
「主が与え、主が取られたのだ。
主のみ名はほむべきかな。」
強い方でした。

投稿: ナベショー | 2008年3月12日 (水) 18時23分

ナベショーさま

「主が与え、主が取られたのだ」だったら、もう誰にも文句は言えないわけですねー。ふつうは天を呪い人を呪い、、といきたいところですが。

過去は振り返らず、雄雄しく生きていくべし、ということでしょうか。

投稿: なぎさ | 2008年3月12日 (水) 20時07分

http://r25.jp/web/link_review/20007000/1122008030707.html?vos=nr25yn0000001
今はやりのブログです^0^

投稿: つばき | 2008年3月13日 (木) 15時11分

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