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今どきの歌を

007 コブクロの歌を初めて聞いたのは一年くらい前のことだった。カラオケで甥っ子のS君が歌う“桜” という曲を聞いたとき、その耳馴れない旋律は斬新だった。

「あらそれ誰の歌?」「コブクロというんだよー」へー、変な名前、花の名前のホタルブクロなら知ってるけど、、、。

次に注目したのは何かの記事で、この頃の若者の結婚式ではコブクロの“永遠(とわ)にともに”という曲が盛んに使われている、と読んだ時である。そして最近では甲子園の入場行進曲に“蕾”が選ばれたのだという。うーん、そんなに有名だったら一度聴いてみなくちゃ、、、。

数日前のある日、私は友達のMさんのうちのコタツでおしゃべりしていた。BGMに若い男のコの歌声が流れていた。フームなかなかいいねー、甘くてソフトで、、、昔聴いていた奥田民生の声と似ているような、、、トクナガヒデアキっていうの?徳永英明っていうのかー。

Mさんの話によると、Mさんの従妹なる人が大の徳永英明ファンで追っかけをしてるのだそうだ。その従妹が言うには「彼の声を聴いていると、、、背中からやさしく抱かれてるような気がしてくるのよね~~!」 ……というわけで追っかけが始まったのだそうだ。

Mさんのうちからの帰り道、私はCD屋さんに寄ってコブクロと徳永英明のCDを三枚借りた。さてと、背中からやさしく抱かれてるような気分になれるのかねー、どらどら、、、。ほんとにそうだったらもっちろんCDを買いますとも!

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そのうちママのようになるでしょう

013 テレビをつけたら、、、あまりにおもしろくて一人でアッハッハーと笑ってしまった。画面には母親とその娘の小学二年生くらいの女の子がいたのだが、どうやらそこのうちの父親が隠れてビデオのカメラを回しているらしかった。

何か事情はよくわからないけれど、母親が女の子をさかんに叱っていた。それも買い物かごの中から取り出した長ネギで女の子の頭をポカポカ叩きながら叱っているのだった。

母親「ガミガミガミ、、、わかった?なんで怒られたかわかった?」

女の子 「……ネギ

母親「ネギじゃないでしょ!なんで怒られたのか考えなさいッ」

女の子 「……ネギ

母親「ネギじゃないってば!なんで?って言ってるでしょッ?」

女の子 「……ネギ

母親が何度言っても娘は小さな声で「ネギ」と言うのだった。母親はどういう理由(reason)で叱られているのかわかったのか、と確認したいのだろうけれど、娘の方はネギという手段(by)で叩かれていることのインパクトが強くて、ネギ以外に答えられなかったのだろうか。ネギはそのうちクタクタになってましたねー^^

それにしても狭い家だろうに、よくぞ隠し撮りなどできたことよ、と感心したことでしたー。

先日のある日のこと、我が夫 Tが電車に乗っていると、、、小2か3年生くらいの女の子とその父親らしき二人が乗り込んできて向かいの席に腰をかけたそうだ。聞くともなしに二人の会話を聞いていると、、、

女の子「おとうさん、新婚旅行ってどういうこと?」

父親「それはねー、結婚式が終わってから出かける旅行のことだよ」

女の子「ふ~ん、じゃお父さんとお母さんはどこへ出かけたの?」

父親「オーストラリアだよ」

女の子「そんなお金、どこにあったのッ」

父親「それはねー、お父さんが若い時からずーっと貯金してたお金だったんだよー」

T は、もっともっと二人の話を聞いていたかったのだけれど、後ろ髪引かれる思いで、電車を降りたということでしたよ^^

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一人暮らしを愉しむ

Sikuramenn_001 統計によると、日本女性の65歳以上の過半数は、死別、離別、未婚、非婚によって、配偶者がいないのだそうである。ということは二人のうち一人は独り身なのであるから、夫がいない、という状態は全然珍しいことではないのである。

であるからして、今配偶者のある人も、なにかことで伴侶を亡くすことがあっても、いつまでも呆然としてないでささっと態勢を立て直し、元気に一人暮らしを愉しむのが賢明だと私は思う。

吉沢久子著『一人で暮らして気楽に老いる 夫のいない自由な生き方』を読んだ。吉沢家には子供はいなかったらしく、ずっと夫婦と夫の母の三人暮らしであった。三人とも知性、教養あふれる方々であり、日常の家事をはしょったりすることなどはなく、ていねいな暮らしぶりであったそうだ。

(ここで私見を述べるとするが)ワタクシの長年の経験と観察によると、キチンとした人々と共に暮らすということはなかなか気骨の折れるものである。キチンとしていない人々だと、、、「お昼はラーメンでも食べててねー」とか言いおいて出かけることができるが、「ちゃんとした食事をするべき」と信じて疑わない人々だと、、、ほったらかすわけにはいかないのである。

そいうことなので、久子夫人は地方へ講演に出かけるときでも超特急で我が家へ立ち戻り、夫と姑のご飯をこしらえていたものであった。

しかし姑も夫も死んでくれると、もとい、お亡くなりあそばすと、夫人も遠方へ出かける時には前泊後泊して名所を観光したり、美味しいものを食べたりすることも可能になったのだそうである。

また夫の生前中のあるとき、夫人はよその家で試したウォッシュレットのトイレがたいそう気に入り、夫に「うちでもあれにしましょう」と提案したことがあった。すると夫は「うちには必要ない」とあっさり却下した。夫人は夫に逆らうことなど思いもよらない人であったので、「そうですか」と引き下がったのであったが。

夫の死後すぐにトイレの改装にとりかかり、くだんのトイレを設置したのであった。(「わぁ~~、やっぱり快適だわぁ~~」)

それで夫人は書いていた。“年をとったら少しでも生活を快適にすることがあれば、早く取り入れる方がいい、と私は思っています”

私も全くの同感である。少しでも快適になるようであれば、早く取り入れたほうがいいのだ。どうぞ時間のあるお方は私が2006年5月に書いた記事『ダイヤモンドはいらない』を読んでくださいませ。そこでは夫の死も姑の死も待ってらんないワタクシがエイヤッとばかりに成し遂げたことを書いたのですが、そうするまでに18年くらいはかかっているのですねー。我慢しないで、どうせいずれやるのなら、早めにやってしまいましょうね~^^

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今のあなたに今の夫がちょうどいい

お釈迦さまの教えにこのようなものがあるそうです。

  今のあなたに今の夫がちょうどいい

  今のあなたに今の妻がちょうどいい

  今のあなたに今の子供がちょうどいい

  今のあなたに今の親がちょうどいい

  今のあなたに今の兄弟がちょうどいい

  今のあなたに今の友人がちょうどいい

  今のあなたに今の仕事がちょうどいい

  死ぬ日もあなたにちょうどいい

  すべてがあなたにちょうどいい                                                                                                                                                                                                                                                                                     

お釈迦様にこんな教えがあったとは初めて聞いたけれど、

もうグー、とも言えなくなってしまったワタクシです。

すべてが私にちょうどいい天の配剤だったということですねー。

これから呪文のごとく「ちょうどいい」と言って暮らしましょ^^

  

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