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秋田県の姑さんはエライ! あなたはうちの宝物

Aso_015_2 前々回に“榎木孝明さんて素敵”という記事を書いたが、実はそんなことよりもっと心に残ったことがあった。

榎木さんが秋田県のなんとかという山村のあるうちを訪問して、そのうちのお嫁さんと姑さんと話していた時のことである。榎木さんは言った。「お二人はなんだかほんとの親子みたいに似ていらっしゃいますねー」

するとお嫁さんは「あらーっ、おばあちゃんごめんねー!私みたいなのに似てるだなんてー」と言って二人で大笑いしてるのだった。それからお嫁さんは言った。「ほんとうは東京で暮らしたかったんですけれど、このおばあちゃんや亡くなったおじいちゃんが私のこと“うちの宝物だ”といって大切にしてくれたものですから、裏切れなかったんですぅー」

それを聞いて私は驚いた。秋田県には息子のお嫁さんのことを“うちの宝物”だといって大事大切にしている姑さんがいるのだねーと。

五島にももちろん立派な姑さんがいるにはいるのだが、、、(とまことに歯切れは悪い)こんなふうに

あらゆることを不問にして、たとえば朝起きてくるのが遅いだとか、素直にハイと言わないとか、、性格が悪いだとか、金遣いが荒いだとか、夫(自分の息子)をこき使ってけしからんだとか、、

そんなことは一切言わない秋田県の姑さんの心のひろさやさしさ、それは人生の達人とでも言うべきだと思ったものである。

そして夜の11時ころになってご主人とその弟という人が仕事から帰ってきた。なんでも街なかで本屋さんを経営していて、帰りはいつもそんな時刻になるのだそうだ。そんな時間に晩ご飯を食べたりするのだからお嫁さんの負担は大きいに違いない。けれどお嫁さんは終始にこやか~にして、大人四人の暮らしをたのしんでいるように思われた。       

さてうちのムスコ達にお嫁さんが来たら“あなたはうちの宝物”と心から言えるものだろうか。宝物だと大切に慈しんでいれば仔猫が家に居つくように居ついてくれるものなんでしょうかねー、、、とまだ姑になったことのない私はつらつらと思うのでありました。

(写真は阿蘇の野草園で見た花です。名前をメモするのを忘れてしまいました)

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あこがれの大観峯に今来たり

Aso_028_2 阿蘇はいいなぁ~、360度のパノラマを楽しめる大観峯に着くと、高浜虚子の句碑が立っていた。“秋晴れの大観峯に今来たり”

それで私もすぐに一句 ができた。 “あこがれの大観峯に今来たり” 

 この前阿蘇に来たのはいつだったかと考えてみたら、はるかかなた30年も前のことだった。あれから苦闘の幾歳月、ようやくまたここに立つことが出来た。

見るべき所が多すぎて、困ってしまったのだが、まず初日は「高森湧水トンネル公園」「阿蘇の大火口」「風の丘 阿蘇 大野勝彦美術館」を楽しんだ。

二日目は「清和文楽館での人形浄瑠璃」「リンゴ狩」「野草園」と温泉。

三日目。「榎木孝明さんて素敵!」で盛り上がっていたら大分・九重町に榎木さんの美術館があるのがわかった。高千穂峡に行くか、アコガレの君の方へ行くか、、、迷った末にアコガレの方へ。

あちこちの道の駅での買い物も楽しくてついつい買い込んでしまったのだが、お宿に着いてシミジミと眼鏡をかけて眺めてみたらなんと。

ドライフルーツのイチジクはイラン産、巨峰のレーズンはチリ、ブルーベリーはアメリカ、梅は中国、マンゴーはフィリピン、etc でありました。

それにしても楽しい旅だった。阿蘇の火口に着いた時、有毒ガスが発生してるからダメー!と警備員のおじさんに押し返されそうになったのだけれど、「写真を一枚だけ!」とオネガイしたら「一枚だけですよッ」なんて怒られながらも貴重な一枚をパチリとしたら、残念ながら写ってなかった。こうも押し強くなれるのはブログに載せなきゃという一念か、それとも美貌のせいかしら、、、。なぁ~んて。

そうそうこんな事もあった。寄り道したせいで道を間違えたらしく、牛のウ○コがボタボタと落ちてるような道に入り込んでしまった。しかも大きな牛が悠然と通せんぼしていて、誰かが「ステーキにするぞー!」と叫んでも微動だにせず、牛のお尻のすれすれのところをすり抜けたこともあったよね。こういうことが忘れ難い思い出になるのよねー。

数えてみたら11食も人様の作ったものを食べたことになる。食べるだけの人ってこーんなにラクチンなことだったのねー、やっとわかったぞ。けれどいろいろなことを見て学んだこともたくさんあった。やはり旅っていいもんですね!

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榎木孝明さんって素敵!

001 ある日の夕方、ちょっとテレビをつけたら、、、なんと美形なうえに人柄のよさそな、榎木孝明さんがさらさらと絵筆を動かし、あたりの風景をスケッチしていた。

そしてそれは「田舎に泊まろう」という番組だったのだが、そのあと榎木さんは見知らぬ家に突撃していき、「今晩私を泊めてくださいませんか?」とお願いすることになっているのだった。

まず彼は立派なわらぶき屋根の前の、畑の草を取っていたおばさまに(年のころは80歳くらいか)「この家を写生してもよろしいでしょうか」とたずねた。おばさまは「ハイハイ、どうぞどうぞ」

つぎに「家の中を見せていただいてもよろしいでしょうか」「ハイハイ、どうぞどうぞ」「二階もよければ」「ハイ、どうぞ」

そうこうするうちにそのうちのお嫁さんが勤めから帰ってきた。いろいろな話をするうちに、いよいよ榎木さんは切り出した。「今晩私を泊めていただけますでしょうか」

するとお嫁さんは「ハイ、どうぞ」とあっさり。

「あのォー、ご主人に訊いてみなくてもよろしいんでしょうか?」「イエ、いいんです」とお嫁さんはきっぱり。

かくして、榎木さんは二人の女の女心をバッチリと掴み、一度も断られることなく、その夜のねぐらを確保することができたのだった。

それから私はまたテレビの俳句の番組で榎木さんを見た。お絵描きはお手の物のようだったが、美大を出てらっしゃるんですってー。

それにまた、ものの言いようがとっても穏やかでいいのよねー。ほんとに目の正月をさせていただきましたわ^^

去年の11月4日にも「田舎に泊まろう」の姉妹編「時間励行の島 六島」を書いています、よろしければまたお読みくださいませ。この前リンクの仕方学習したのに、もう忘れてしまった哀れなわたくしです。

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火曜日は水曜日

003_2 ある朝のこと、きょうは水曜日だから可燃物を捨てる日だよねー、と持っていったら、そこにあるのは、カン、ビン、ペットボトルばかり。まぁ皆さんそろいも揃ってどうして間違えていらっしゃるのでしょう、今日は水曜日でしょうが、と思いながらも、一人だけ異質な物を置いてくるわけにいかず持ち帰りカレンダーを見たら、、、なんとその日は火曜日だった。

それからお昼ころに会った人に「きょうは水曜日ですよねー」と言ったら「あら、なぎささん、きょうは火曜日ですよ」と言われてしまった。

夕方になってちょっと新聞のテレビ番組をチェックしましょう、と新聞を探したけれど、どうしてもないのだ。回収に出しましょう、とて数日まえに紐でくくっていたのも念のためほどいてみたけれどナイ。

今まで一度として、配達を忘れることなどなかった配達の人に電話してみた。「ひょっとしてもしかして、、、お忘れではないでしょうかぁ、、、」

配達の人は、「たしかに届けたと思いますが、予備がありますのでそれを届けましょう」と言ってくれた。

それから私はテーブルの上にある新聞をもう一度眺めた。それはもう10回くらい手に取ってみては「これは昨日の新聞だよねー」と確認の上にも確認した新聞だった。9月25日火曜日かぁ、、、。

その時になって頭の後ろの方から「きょうは9月25日、火曜日だよォー」という声が聞こえてきたのだった!

キャータイヘーン!急いで電話に飛びつき「あ、ありました~」と言おうとした時すでに遅し、玄関の方でバイクの音がしていた。ゴ、ゴメンナサイネー、人騒がせねー、まったくー!と平謝り、、。気持ちはドヨヨーンと暗く重く落ちてゆく、、、。私の脳はどうかなってしまったのか、これってオトシのせい?

そして本日10月9日火曜日、私は「今日は水曜日、英会話の日」と朝から思い込んでいて、夕食後ササッと片付けると勢いよく出かけて行った。そして半分くらい行った所で、、、「今日はもしかして火曜日では、、、」という気がしてきて確認のため戻ってきた。家の者に「今日はえらく早いね~」などと言われながらカレンダーを見たら、、、やっぱり火曜日でしたー。

で実はこれは初めてのことではなく、2ヶ月くらい前にも火曜日なのに出かけていったことがある。その時は教室のドアをさっと開けたら、異様に黒~い服のおじさんたちが一斉にこちらを見て、、、おっ、やーさんたちの集まりか?とドッキーン。

入り口にてあの方達はどなた達か、と行事予定のボードを見たら、校長先生方のお集まりだったのでした^^

さて写真は正真正銘我が家に咲いた夕顔(夜顔)です。

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95歳のブロガー 世界の話題スペイン発

Nitinitisou_008 新聞記事によると、スペインに95歳になるブロガーがいるそうである。マリア・アマリアさんはコンピューターを使っていろいろ学びたいと思った。けれども、近視の上に白内障を患う祖母には無理だと判断した孫が、代わりにブログを贈り、祖母の口述筆記を務めているというのである。

その内容はスペイン内戦勃発時の思い出から、闘牛、ガリシア州沖の海洋汚染まで幅広い。ブログを立ち上げて半年足らずで、アクセス数がすでに35万件を数える反響ぶりだそうである。敬愛するサパテロ首相からのコメントも届いた。

「年寄りには誰も気をとめない。でも、私たちには語るべきことが数多くある。私はネットを通して語ることで生きがいを感じている」とマリアさんは世界に向けて発信し続けるという。

さてわたくしのブログも書き始めて1年半になった。書いた記事が127、いただいたコメントが1026、(そのうち半分はこの私のお返事)アクセスが16229件。マリアさんの35万件がいかに驚異的な数字かがわかるというものである。

初めの頃はパソコンの扱いもなにがなんだかよくわからなくて、右往左往していたような気がする。やっとの思いで書いた記事になんのコメントも入らないと人知れず気にやみ、読んでいるはずの姉達に電話をかけ「何でもいいから書いてよねー!」とコメントの催促をした。すると「それはムリ!コメント入れるって難しいのよねー、文才要るみたいだしー」ととりあってくれない、、、。

ムスメにも「一言書いて!」と言ったら「おかーさん、コメントゼロの孤独に耐えるべき」と一蹴された日もあった。

コメントがなくても平然としていられるかというと、そんなことは全然なくて、だんだんと心がむなし~くなってきて、もうブログなんて即刻やめよう、という気になるものである。そもそも何処そこの素晴らしい所へ行った、とか、世界中の珍味を食べてみました、とかいう話題など何もないのである。日常生活の取り立てて人様に発表するような話など、なにもない、、、。

けれども心優しい読者の方々がなにかと言葉をかけて下さったおかげで、今日まで続けてこれたのだと、つくづく感謝するほかはない。皆様ありがとうございます。

五島は晴天続きで、この前はいつ雨が降って傘をさしたのか思い出せないくらいのいい天気。金木犀がかすかに匂って、、、。けれども南方海上には台風15号が発生したとか。

95歳を支えるスペインのやさしい孫のことを思うとちょっとお目ゝがウルウルとしてしまうなぎさです、これからもどうぞよろしく伏してお願いいたしますね~!!<(_ _)>

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