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夕顔はじつは夜顔だった

Yoruga Yoruga2 鉢に植えている夕顔がやっと咲くようになった。ところが玄関の外に置いているため、暗くなって咲いているのを実際に見たためしがない。朝になってしぼんだところを見るばかりなのである。

ところで、あちこちで、夕顔からはかんぴょう(干瓢)が取れます、と書いてあるのを見るけれど、うちの夕顔ときたら、朝顔より大振りな種子がとれるばかりで、かんぴょうが生産できそうな大きな実など出来てこないのである。このことは20年来の疑問であった。

ところがこの頃になってネットで夕顔の欄を見ていて疑問が氷解した。私の夕顔は実は“ヨルガオ”なのだった。

夜顔・・・ふつう、夕顔の名前で呼ばれるが、本当の“夕顔”は瓜科で実からかんぴょうを作る全く別の植物です、、、という記述を見つけたのだった。

なぁ~んだ、そういうことであったのか。夕顔じつは夜顔だったのねー。けれど夕顔からかんぴょうが取れるとなると、源氏物語の“夕顔の巻”はかなり印象が変わってくるのではないだろうか。はかなさが売り物の夕顔から、かんぴょうが取れるなんて、、、。やはり源氏物語の夕顔はかんぴょうの取れない夜顔に違いない。

(さて写真は我が家の夕顔、もとい夜顔、ではありません。去年は台風が来ると家の中に入れたために、花が咲くのを首尾よく眺めることも写真を撮ることもできたのですが、今年は台風襲来に備えて家の中に入れることもなくて写真を撮ることがないのですね。それでよそ様からの借り物です)

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誰かこの模範嫁に表彰状を

Begoni6 破れ口(やぶれぐち)という言葉はこちらへ来て初めて聞いておもわず笑ってしまったのだが、、、どんな意味合いかというと、ひと言で言えば暴言、アトサキのことも考えず、人の気持ちを踏みにじるようなことを平気で言ってしまうこと、また言ってしまう人、を指すこともある言葉である。あの人はやぶれぐち、、、と言われたらそれは言葉の使い方がきわめて良くない人のことなのである。

Aさんが、やぶれぐちと陰で言われている婦人の息子の所へ、同居を覚悟で勇敢にも嫁に行ったのは、その息子が母親に似ずたいへん無口で誠実な人柄である、、と聞いていたからであった。

新婚旅行から帰った翌日の朝、新妻が二階から階段を下りていくと、すでにババさまは居間にいてテレビを見ていた。

Aさんは「おはようございます」とババさまに言った。するとババさまは言った。「オソヨー」

そんな事があってからというもの、Aさんは二度と「おはようございます」と挨拶をしたことはないと言った。だからといって二人がいつも冷戦状態であった、ということではない。ババさまが畑を耕して、と言えばハイと従うし、病院への送り迎えも機嫌よくするし、今日はこういう饅頭を作って食べる日だ、と言えば、ハイと言って作るし、、、。ババさまの監督の下でしょっちゅう作るので今やプロ並みの腕前になってしまった。(注1)

それからまた、長い休みに、ババさまの係累が大挙してやってきて長々とAさんの家に逗留する時もちっとも嫌な顔もせず、いそいそとにこやかに接待しているのである。疲労困憊でヨレヨレになっているにもかかわらず、、、。

それでイジワルなぎさばーさんが横からたまには言ってやるのだ。「あなたさぁー、そんなに機嫌よくしてないでさぁー、ぶ~っとふくれてればぁー? たちまち来なくなるわよぉー」

するとAさんはやさしく微笑みながら言うのだ。「いいのよー、できるだけの事するからー」

そういう言葉を聞くとなぎさとAさんでは人間の出来が全然違うということ、改めて確認することになる。もう、誰かこの模範嫁を表彰してちょうだい!と言いたくなるよー。(注2)

そんなにデキタ嫁サンなのだが、どちらかの死がこの嫁姑を分かつまで、二度と再び、「おはようございます」を言う気にはなれない、とAさんは言っていた。おはようございます、と言ってまた、「オソヨー」と言われたら心の臓も凍るというものではありませんか。

注1・・・ついでながら我が家では夫のハハは、まんじゅうはおすそ分けをヨソ様から頂いたらよばれます、という合理的精神の持ち主であるため、まんじゅう作りを強要されることはなかった。したがっていっこうに私の腕は上がらなかった。

注2・・・ずいぶん前に新聞記事で読んだのだが、東北地方のある村で、良くできた嫁を、模範嫁として村役場が表彰する所があった。表彰されたその嫁さんは(農家の嫁だったのだが)言っていた。「私は息子夫婦と同居など絶対いたしません、そんな可哀相なこと、嫁にはさせられません、、、。」

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微妙・・・

Photo 何年もの間、電話だけで話していた女性(70歳くらい)と初めておめもじした時のこと、その人はにこやか~に言った。「電話でお話していると、とってもお声が美しいので、お顔も美しい人だろうなー、と思っておりましたぁ~」

で、わたくしもにこやか~にして次なるフレーズを待っていたがそこまでで途切れた!はてさてそのオバサマの真意はどこにあったのだろうか、、、。

だいたい2通りの言葉が考えられる。その1「とってもお声が美しいので、、(これもただのリップサービス)お顔もさぞ美しいであろうと思っておりましたが、想像に違わずほーんとにお美しくていらっしゃいますこと!)

その2「……お顔もさぞお美しいであろうと思っておりましたが、お顔はさほどでもございませんわねー」

そのどちらかであろうけれど、まぁ後者のほうが確実であろうという結論を得た。

うちのハハ上(夫の母でござる)に来た年賀状を見ていたら、、、(特等に当たっているのを見過ごしているといけませんから検査してました)面白いのを見つけた。

「おめでとうございます…いつも若々しくしていらっしゃいますが、ほんとうはお歳でいらっしゃるのですから、くれぐれもご無理をなさいませぬよう、ご自愛くださいませ…」

これを読んで「まぁ、やさしいお心配りですこと」とすんなり喜べるだろうか。それとも「あなたにそんな事言って頂かなくても結構です!」とムッとするだろうか。

どうでした?とハハ上に訊いてみたりはしなかったのでわからないが、これも微妙なところである。

ところで私はこの賀状の差出人を知っているのである。ごく最近ご主人を亡くされたと聞いた。ご主人はまだまだ若くて、お歳、と言われるほどの歳ではなかった。しかも柔道何段とかの猛者だったのである。

ていねいなお悔やみを言うつもりがとんでもない言い間違いをしないように気をつけなくては、、、。言葉って微妙に人を傷つけてしまうことがありますからねー。

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ケネディ家のスマイル

Ukonn_008 “わが子ケネディ”(Times to remember)という本は、故ケネディ米大統領の母上、ローズ夫人が栄光と悲劇の日々を思い起こし、自分の生い立ちから結婚、9人の子供達の家庭でのしつけや教育の実際を赤裸々につづった回想録である。この本を勧められて読んだのはずっと若いときだった。

この世にこういう賢夫人がいるのか、と思うくらい夫人は聡明な人なのだったが、読後、忘れられなかったことは、、子供達を3週間ごとにワゴンに乗せて歯医者に連れて行き、それは一番小さい子が自分でケアをできるようになるまで20年間に及んだ、ということであった。

それでケネディ家の人々がにっこりと微笑むとその口許からは真っ白い真珠のような歯がこぼれ、それは“ケネディ家のスマイル”とよばれ、世界中の人々から賞賛されたのであった。

治療より予防だ、ということは頭ではわかっていても実際に我が子を3週間おきに歯医者に連れて行くということはなかなか出来ることではない。私はいつも子供がワ~ン、歯が痛いよ~と泣いて初めて歯医者に連れていったものである。ローズ夫人のように賢いかあさんだったら、うちの子供たちも痛い思いをせずにすんだかもしれないのに、と思うがあの頃はなにもかも、身も心も頭も余裕がなかった、としかいいようがない。

さて私はこの頃になって初めて、電動歯ブラシを使うようになった。贈り物として頂いたのである。まだ使い慣れないせいもあるけれど、ブーンと震えている歯ブラシを手にするとかなり緊張する。あちこち飛沫を飛ばしてしまうので、この暑いのに割烹着を着て首にタオルを巻き、まなじりを決して歯磨きに挑んでいる。やっと終わるとふ~~、肩を凝らしてるのである。

しかし治療より予防が肝心ということはよおくわかっているのだ。遅きに失した感はあるけれど、ローズ夫人の歯への意気込みを見習うことにしよう。なぎささんの素敵なスマイル、と言われるためには、あの歯ブラシをてなずけ、思いのままに使いこなせるようになろうぞ(^^♪

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このハミ肉を

Ukonn_005 先日の夜10時くらいだったか、テレビでも見ながら洗濯物たたみましょ、と思いテレビをつけたら、、、腰周りの余分な肉を取りましょう!という体操をやっていた。

そしてアナウンサーも講師のセンセイもその贅肉を“ハミ肉”と言っていて、ご丁寧にテレビ画面下方にも“ハミ肉”と解説していた。この言葉はいつから市民権を得たのだろう。

そうかー、この頃ではハミ肉というのだなー。きっとハミだした肉という意味なのね。いったい誰のネーミングなのだ?

それにしても世界の一流のアスリートの肢体を眺むれば、まるで余分な肉などどっこにもない!(かわゆいオヘソにもピアスがしてあった子もいたよねー^^  )長~い、スラリと伸びた両手に両足。これを美しいと言わずにおれようか。私はこれぞ“生きてる芸術品”だと思いましたね。

で私は夫・Tに言った。「私もこのハミ肉をなんとかして、もっとスリムになりたいもんだワー」

するとTは言った。「そんなこと全然気にしなくていいよー」

あら?ひょっとするといたわってもらったのかしら、、、と思いかけてるところへ、また言った。「誰~も見てやしないからな~」

なんだそういうことかー。「人は他者から見られることにより美しくなる」、、、これは真理かもしれませんねー(^^)

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