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ああ、これで私が生きられる!

006 友達の友達のKさんはずーっと離婚願望があったのだが、なかなか踏み切れないでいた。Kさんの夫という人は、大酒のみで金遣いが荒く、ひねもすパチンコはするし、短気者で何もかも放り投げるしで、Kさんにとっては居てくれない方がいい夫だったのであった。(しかしkさんもなかなか負けてはいない人で、夫が一口言えば十口くらい返す人だったから、どっちもどっちではあったのだけれど)

さてkさんは子供達の結婚式の時、両親が揃っていないと、子供達が可哀相だというので、それまでは我慢していたのだが、さぁ!これからいよいよ離婚だと張り切った頃になって、夫は急な病気で不帰の人になったのだった。

私はそれからしばらくしてKさんが「やっぱりどんな夫でも、いないよりいた方がいいよねー」と述懐した、という話を聞いた。それで私もどんなお粗末な夫でも死別してみれば評価は変わるのであるなーという考えに傾いていたのだった。けれども「三岸好太郎と節子・その結婚生活について」という論文を雑誌で読んだらまた考えは変わってしまった。

画家同士の結婚生活は波乱に満ちたものだったそうである。好太郎は夫としては最悪で“典型的なうそつきで女たらし”であり、まるで経済観念というものがなく、三人の子供がありながら外泊を繰り返し、家庭を省みないのであった。

ある時夫は、自らある女性との恋を告白し「一週間だけ彼女と暮らしてやりたい」といって出て行ったそうである。それから待てど暮らせど帰って来ないものだから、妻は三人の子供を引き連れ二人の住む家に乗り込み、強引に夫を連れ戻したこともあったそうである。 (この私だったらそういう局面ではどうするだろうか?お金さえ沢山渡してくれればいいから、好きなようにして!と言ってしまいそうだなぁ~^^)

ところが夫は若干31歳で急逝してしまい、節子は未亡人となった。夫の死後、元気になる妻がいるが、節子もそうであった。「ああ、これで私が生きられる!」と切実に思った、というのである。問題児であった夫から解放され、絵に十分エネルギーを注げるようになった。そして子供を育てながらたくましく生きていき、ついに第一人者となり、文化功労者にもなったのであった。

そんなわけで、伴侶が死んだら、死んでくれて有難う、と感謝されることもあるのですね。

しかし実のところでは節子は夫の業績を高く評価し、また妻である自分に人生というものを教えてくれたのは莫大な遺産であったと語ったそうである。そしてまた「私はこの良人によって芸術というものを知った」と言って心中深く感謝していたそうである。よかったよかった。

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あゝ夫婦」カテゴリの記事

コメント

死んでみないとその人(夫にせよ妻にせよ)の良さが分からない。
また、死んで後に良さが分かる・・・そんな話はよく聞きますね。
私の母は、父が前に書きました通り、よく言えば豪放闊達、マ、各方面に遊び人であったので、一人で泣いていたり、父に愚痴っていたりの日々でした。
父が急逝して、泣きもしなかったので「やはり恨んでたのか」と思っていましたら、次第に痩せて倒れました。
二十歳くらいの私には、当時理解できない夫婦の機微だったのでしょう。
今の私の歳より17歳も若くして夫に先立たれたのですものね。
言い合う相手、相談する相手、嫉妬する相手がいるって、案外生きるパワーになることもあるんでしょうね。

投稿: ば~ば | 2007年4月24日 (火) 14時54分

ばーば様
おかあさまも晴天の霹靂とでも言うべき夫さまの死にたいして
どう心の対処をしたらよいのか、しばらくはおわかりにならなかったでしょうね。

恨みも怒りもぶつける相手がいないというのは、悲しみのきわみだったことと思います。もっと時間が欲しかったことでしょう。

投稿: なぎさ | 2007年4月24日 (火) 22時22分

酷ければ酷い夫ほど、若く死ねば、評価され美化されるのですね。
美化することによって、自分の受けた絶え難いき苦労と屈辱の人生は、実は意味があったのだと評価する、、、、否、そのように評価しなければ、自分の苦労は無意味になってしまう、、、、、ではないでしょうか。
吉行あぐりの夫もハチャメチャで、早死にしましたね。
ボクはマトモだから長生きするか~
それとも死んでも、妻から評価されないか、、、

投稿: ナベショー | 2007年4月25日 (水) 00時11分

典型的な嘘つきで女たらしで3人の子持ちで・・・
オレのことだ~!!!(^^;
もうこれから真面目に生きますんで許してくださ~い!

投稿: 便利屋 | 2007年4月26日 (木) 11時21分

ナベショーさま

そのムスコの吉行淳之介も「今までとなんにも変わらないからね、ホテルでカンヅメになって原稿を書いている、と思ってくれ」とかなんとか言って、宮城まりこサンのところへ行ってしまったんですってー。

ったく、オトコって、懲りないやつらでございますわねー^^

投稿: なぎさ | 2007年4月26日 (木) 21時08分

便利屋さま

ほーんと!  「おとーさんが早くあの世へ行ってくれて、良かったわねー」と言って、女たちがシャンペーンで乾杯したりしないように、、、

はやく悪行を改めたほうがよろしいと思いまーす♪

投稿: なぎさ | 2007年4月26日 (木) 21時12分

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