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まだ来ない未来にはあこがれず

_045_1 Nさんのうちに用事で行った帰り道、駐車場まで歩いていると、お寺さんの掲示板にとてもいい事が書いてあった。あいにく筆記道具を持たなかったので、暗記していくことにした。ムーーッ、よし、おぼえたぞ。

それから車に乗りこみ25分。帰り着いたときにはさっぱり忘れ去っていた。急いでNさんに電話して、書き留めていて欲しいと言った。後ほど達筆のNさんから水茎の跡もうるわしく、和紙にしたためたものが届いた。それは以下の如し。

      過ぎ去った日のことは悔いず

      まだ来ない未来にはあこがれず

      とりこし苦労をせず

      現在(いま)を大切にふみしめてゆけば

      身も心も健やか(すこやか)となる。

ふ~む、ここでも過去や未来にとらわれてはいけないよ、と言ってるね~。幸せに生きる秘訣は、今を明るく楽しく生きること、らしいわね。

それからしばらくたって、またNさんのうちに行くことになったので、今度は、筆記道具を忘れないように持って行った。さぁ~、どんな素晴らしいことが書いてあるかしら。

掲示板に近づきよくよく見たら、、、書いてあった。

     笑顔であいさつ  いたしましょう

これなら別に書き留めなくても覚えられそうだね~。聞けばこの掲示板が更新されるのは全くもって不定期だそうである。

(写真は玉の浦という品種です)

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オクサマ!といわれたものだから

_007_8 この前のごみ出しの日の私の格好といったら、かなりの見ものだった。エプロン着た腕にはアームカバーをかけ、ゴムの手袋、頭にはヨレヨレの帽子、長靴は自分のが見当たらなかったのでオットのをブカブカと履いていた。右手にはこれ以上ムリ、というくらい詰め込んだゴミ袋、左手にはデッキブラシとジョウロ。

ゴミを出したら返す刀で、カラスが空から落としたものをデッキブラシでこすり水をザーザーと流し、そのあと可愛いいとしのチューリップちゃんにやさしく水をかけてやるつもりだったのだ。

そして表に出たところで見知らぬ男の人に「オクサマ!」と声をかけられた。こんないでたちしているところに「オクサマ!」と言われても、と一瞬思ったけれども一応「ハイ」と答えた。

その人は言った。「あちらで商品の説明をしておりますので、よかったら、、、」 あちらを見たらご近所のオバサマ達がこちらを見てニコニコしながらオイデオイデをしているのだった。あら、なんか面白いことあるのかしら?

で、デッキブラシをそのへんに立てかけ、ゴミをゴミ置き場に放り込むとあちらへ行った。するとすぐにもう一人の男の人から、ビニールの袋に入った3点セットを渡された。ティッシュ1箱、ふきん1枚、ラップ。どうしてこんなにタダで物を呉れるのかしら、と思いながらもオバサマ達とおしゃべりしていると、ほかの隣組のオバサマ達もぞくぞくと集められてきた。

それからすぐ近くの倉庫に案内されると、そこには小人さんが座るような小さな椅子が5列縦隊で並べられていた。なんだかミニ劇場のハジマリハジマリって感じねー。

年配の男の人が前に立つと面白くおかしく話をした。それはまるであの綾小路○麻呂を思い出させるようなお話で私達はアハハーなんて笑っていたのだった。しばらくしてその人はおもむろに入浴剤を手にすると言った。「みなさーん!、これが欲しい人は大きな声でハーイと言って手を挙げてくださいねー!」

その時初めて私は、これから何が行われようとしているかわかったのであった。私は小人さんの椅子から急ぎ立ち上がると、その辺に立っていた男の人に言った。「ゴ、ゴメンナサイネ、ワ、ワタシネ、ジュ、ジュウジに約束があるんですッ」 

十時に約束があるのはほんとうだった。だからずっと時間を気にしていたのだけれど、話があまりに面白かったものだから立ち去り難かったのだった。

走って家に帰りふと手許を見たら、しっかり3点セットを持っていた。デッキブラシとジョウロは後で、何時間もたってから、もうみんな帰ったよねー、と思われる頃、そおーっと取りに行ったのだった。おしまい。

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リリー・フランキー著 東京タワー オカンとボクと時々、オトン

_042 帰省したムスコが「おっかさんもこれを読むべき」と持ってきたのが『東京タワー』の本だった。近くの図書館に借りに行ったら1、030人の待ち人がいたそうで、これじゃあ、いつになるかわからん、というので買ったそうである。私は知らなかったが今ではすでにテレビドラマ化、映画化されているそうなのだった。

私はこの頃の若いもんの書くものは苦手なので、読むつもりはなかったが、ちょっとだけ、のつもりが、一気に読んでしまった。とくに“オカン”の臨終の場面になるともう泣けて泣けて、実の父と母に別れた時でさえ、こんなには泣かなかった、というくらいに涙が出たのだった。(もっとも父と母は長寿をまっとうして、大往生だったのだけれど)

この本を読み終えたら、私は是非とも、ほかの子供達にも読んで欲しいものだと、切に思った。

これこれ、うちの子供たちに告ぐ~。まだこの本を読んでいない子、約二名はすみやかにこれなるを読むべし。“オカン”みたいにこの母だって、遅かれ早かれ、あの世にみまかる時がくるのを、しっかり認識して欲し。その時になって、「あらら、たった今から親孝行するつもりだったのよ」と言っても、もう遅いんよー。

“ボク”も本の中で言っていたぞ。『こんなん食わしてやりたかったねぇ、ここの焼き鳥はオカン好きやろうねぇ、京都に行って素敵な店に入ったら、こげん所に連れてきてやりたかったねぇ、と思うし、オカンくらいのばあさんが友達と旅行しよるとこやら見かけたら、なんで生きとる時にもっといっぱい旅行させてやらんかったんやろうかって後悔してから、いっつも涙が出る。』ってねー。 

今ならなぁ~んでも食べれるし、今のところ足腰達者で、どこまでも行けると思うし、後悔せんでいいように親孝行は早めにしておくれ~~!

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芋あめ作りはビーチパラソルのしたで

_011 _013_2 さつま芋をこのままほっておくと、傷んでしまって勿体ない、ということになって、我が家の裏で、昔懐かし芋あめを作ることになった。

朝7時には薪を燃やし始め、ボチボチと時差出勤してくるおばさま達とテキパキと身体を動かし、15キロのさつま芋を大鍋で煮た。なぜか麦芽が大きな働きをするらしく、大麦を発芽させておいたものを乾燥させ、のちに粉砕したものを途中で加えた。

やわらかく煮えたさつま芋を、布の袋で漉すのはなかなか大変だったが、何とか煮詰める工程まできたとき、アララ、雨が降り出して・・・。(ちょうどお昼の12時ころだったが) せめて鍋の上だけでも覆いをしたいものよ、とおばさまたちが大騒ぎするので、えーーっと、どうしたものか、と思案の末、思いついたのがビーチパラソルだった。

しかしこれをどのようにして支えたらよいか5分ほどはわからないでいたが、知恵者というのはいるもので、ブロックを3段積んで、その穴の中にポールを差し込んだらいい、と提案した人がいた。それでやっと、煙たくて熱い所から解放されたのだった。

飲んだり食べたり、笑ったりしゃべったりしながら、芋あめ作りに励み、なんとか片付けを終わったのは夕方5時だった。そして芋あめの出来はどうだったかというと……。

……多くの課題を残して、芋あめ作りは終わった。楽しかったねー、またしようねー。だけど正味15キロのさつま芋がたったこれだけぇ?

私はそのあと、お店で鹿児島産の芋あめの袋入りをみたのだが、それは私達の芋あめと似ても似つかぬ、お姫様みたいに上品な芋あめだった。一体どういうふうにしたら、こんなに綺麗な芋あめが出来るのだろう。しかもこちらが申し訳なくなるようなお値段なのだった。

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メジロを愛でて

_056 近所のオジサマが薪ストーブにあたりながら話していった。そのオジサマは窓際にベッドを置いてカーテンを開けたら、寝ながらにして庭をながめるのを楽しみにしていたそうである。

庭には紅い山茶花が咲いていて、そこにメジロが遊びにくるのをタバコを一服しながら飽きずながめているうち、そうだ、枝ぶりのちょうどいい所にえさ場を作ってやろうと思いついた。

メジロたちはパンくずやミカンの半分に切ったのを、喜んで食べていたが、どこで伝え聞いたものか、図体の大きいヒヨドリがやって来るようになり、えさ場を占拠してしまい、メジロたちは木の根っこに落ちてきたパンくずを拾って食べるようになった。

それからまたどこで伝え聞いたものか、今度はネズミが現れるようになった。ネズミは下に落ちているものばかりでなく、木にも登って、全部平らげるようになった。

「コンニャロメ」と思ったオジサマはネズミ捕り作戦にでた。強力な粘着シートを地面に置いたのであった。それからすぐに悲劇は起きた。

その時オジサマは留守にしていて、一部始終を見ていたのは、同居している102歳のお義母さまであった。(102歳ながら、目も耳も足腰も裁縫の腕も達者である。) 以下はその目撃談である。

ネズミはその粘着シートの縁を何度も回ったが、決してその足を踏み込もうとはしなかったそうである。そのうち、上の枝で遊んでいたメジロのうちの一羽が下に下りてきて、小さなアンヨをシートにからめとられてしまったのだった。

「アッ、お姉さまが大変ッ」とばかりにほかの三羽のメジロも下りてきて、なんとか救出しようと試みたが、あわれ、4羽とも身動きできなくなってしまったのだった。

外出先から帰ってきたオジサマは4羽のメジロをなんとか助けたいと一所懸命、手を尽くしたが、羽根も足もシートから離れなかった、ということだった。

オジサマはせつなくて、もう窓から山茶花を眺める元気もなくなってしまった。なぜあんなことをしてしまったのだろうと自分の不明を恥じた。何もしなければメジロが楽しく遊ぶのをずっと見ていられたのに、、、。

それにしてもネズミはいつ、どこで学習していたのだろう、これはアブナイよ、と。

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