« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

それは‘保留’です

Ikebana_029 昨日の夜はお花の稽古日だったので先生のうちへ出かけていった。お正月用のお花を活けたあとしばらく皆でおしゃべりを楽しんだ。Sさんがこんなことを言っていた。

Sさんの夫はとてもよく働く人で、休日など家の中、外、畑の作業など気づいたことは何でも自分から進んでやる人なのだそうである。

暮れの大掃除なども計画的にやってくれて、Sさんがウロウロしている間に天井板(!)から、電灯の笠、冷蔵庫の中、食器棚とあらゆる所を綺麗にしてくれた。

Sさんはたいそう嬉しく思い、また普段から夫のことをふか~く尊敬し、アイしてもいたので、夫の頼もしい背中ごしに夫に言ったそうである。

「おと~さぁ~ん、今度生まれ変わってきても私と結婚してねぇ~!」  すると夫はにべもなく「イヤダ」と言ったというのである。

Sさんは私たちに「あれは本心じゃないのよね、照れくさいだけよねー。」と言うので「そうそう」と言っておいたが、私は「案外、本心じゃないの?」と言いたくなるのをガマンするのに困ってしまった。(イジワルばァーさんになる素質大いにアリなもんですから)

我が夫と私は、次の世において共に暮らすかどうかは、すでに審議を終えている。「どうしようか?」と話し合ったことあったが、いみじくも同時に発声したのだった。「オレは(私は)保留!!」

| | コメント (12) | トラックバック (0)

600人に聞きました

1811242526_039 今年もまた来年用の月のカレンダーを買った。月のカレンダーはなかなかいいものである。今宵は立待の月であるな、とか寝待月であるなとかわかって楽しみがある。

多分全国的にそうであると思うのだが、13夜から17夜くらいまでは月夜間(つきよま)とよばれ、船団を組んで出漁していた漁師さん達が、家へ帰って来る日である。

ある漁師さんの奥さんから聞いた話なのだが、その奥さんは夫が帰ってきた日には盛大にご馳走を作ることにしていた。ところが夫はあまり嬉しそうな顔をせず、不機嫌にしているので、どうしてかな~、とわからないでいた。

そしてやっとわかったことは、夫は、妻や子が自分の留守中、いつもご馳走を食べているのではないかと勘違いしていて、おもしろくなかったのだった。それでその奥さんは、方針を変え、夫が帰る日は質素な食事にすることにしたそうである。

私は雑誌の投稿欄を読んでいた。そこにある妻が投書していた。その妻は夫が在宅のウィークエンドにはあまりバタバタせず、夫と共にゆっくりしようと考えた。夫もそれを望むのではないかと思ったからである。ところが夫はどうも喜んでいないように思われ、どうしてかな~とわからないでいた。

そしてやっとわかったのだが、夫は、(自分が職場で大変な思いをして働いているというのに)妻がウィークデイにもいつもゆったりとのんびり遊んで暮らしていると勘違いして、おもしろくなかったのであった。その事がわかったのでその妻は、週末にはわざと「あー、イソガシ、イソガシ」とバタバタ動き回り、ふだんは磨かない鍋の底なども磨くようにし、窓ガラスを拭き、トイレ掃除にも励み、庭の草取りも這いずりまわってがんばるようにしたそうである。そうしたら、、、たちまち夫の機嫌は良くなり、子供のめんどうもみてくれるようになった。というお話だった。

新聞記事に、首都圏の20~40代の既婚男性と主婦計600人に実施したアンケートの結果が出ていた。男性が感じるストレスの60%は上司、36%は同僚。主婦は59%が夫、51%が子供、と答えたそうである。(複数回答) ちなみにストレスから想起する一字は男性が“耐” 主婦が“怒”だったそうである。

なるほどね~。妙に納得できる数字なのでありました。

(写真は12月6日、朝5時ころの満月ですがあまりぱっとしませんね~)

 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

タイヤキとイカ焼きをどうぞ

1811242526_069 Pict0005 今朝6時の台所の温度は12度。薪ストーブの灰を掻き出し、窓を磨き、それからやっと火を入れることになる。このストーブの世話(?)をするのに新しく7点くらいのグッズが必要になった。薪を掴むものとか、灰をかきだすもの、周りを掃くもの、等々。

それらは今時のホームセンターなどにはなくて、昔ながらの荒物屋さんに行ったらあった。バナナの箱に入れて、薪を運び込むと薪と一緒にアリさんも家の中にはいってくることになる。可哀相だが炎にまかれて、あえなく昇天するのを見届けることもある。

もうズーッと前、うちの子供の誰だったか、「おかーさーん、タイヘン!アリさんがハダシでおうちのなかにはいってきてるよーッ!」と知らせに来た子がいたよな~。あれは誰だったんだろう。(子供もたくさんいると、誰の発言だったのかわからなくなりますわね!)

ストーブの上には鉄板を乗せたので、いろんなものをホイと上に乗っけては焼いて食べることもできるようになった。お湯も次から次に沸くので、ポットの中もいっぱいで、このお湯どうしましょう、ということになる。

しかし一番重宝するのは、焼却炉としての働きだろうか。ラップ類の箱、牛乳パック、およそ紙でできているものはすべて焼くことにしているので、いまではかなりゴミが少なくなった。書類の要らなくなったもの、古い雑誌等、ストーブの前で一度吟味して燃やすようになったので、家の中もすっきり片づいてきたような気がする。(秘密のモノも隠滅するコトできますヨ)

うちではこの冬、まだ灯油を買ったことはないが、今日会った人が、灯油一缶1800円だったと言っていた。今年の3月には1600円で買っていたと思うので随分値上がりしたものである。薪は今のところ2トントラック4台分の備蓄があるそうなので、こころおきなく使っていいことになっている。

薪ストーブの前に座り込んで炎を見ていると、まるで根がはえたみたいに、動きたくなくなってしまう。そして何故か、回顧モードになってしまうんですね~。あんなこと、こんなことあったよね~。 秀吉は辞世の歌で “なにはのことも夢のまた夢”と詠んだそうだけれど、なぎさにとっても、なにもかもが夢の中の出来事みたいに、、、思えてくるのでした……。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

ビバ!100円ショップの掛け時計

1811242526_055 洗面所の時計が壊れたので、買いに行く途中で、ちょっと、と100円ショップに寄った。小さな片手鍋、コーヒーをうんと熱くしようとしていて忘れはて、焦がしてしまったので、それを買うつもりだった。

店内を歩いていると、あら、そこに掛け時計があるではないの。100円で時計を買えるなんて信じられなかったので、近くで商品を選んでいたおばさまに「この時計は動くんでしょうか?」と聞いてみた。するとおばさまは「さぁ~、動くんじゃないでしょうか、大丈夫、動きますよ」と言った。

おばさまが保障してくれたので買うことにして、家に持ち帰りいざお立会い、単3電池を入れてみると、ちゃ~んと時を刻み始めたのでありました。感心、感心。それで早速マジックペンで日付を書いた。

数日前のこと、友達のNさんが、このところハマッテいるエコクラフトの作品を見に来て! というので、遊びに行った。家の中のそこかしこに置いてある作品を見て回っていると、ふと掛け時計に目がいった。それはうちの100円の時計に瓜二つであったので、「あれは100円の時計よね。」と思わず言ってしまった。

Nさんは「ウゥン、あれはね、ちゃんとした電波時計よ。家中で一番正確なんだから」と言った。フゥ~ン、そうなの?

私は家に帰って、我が家の時計をシミジミと見て比較検討したけれど、なんの変哲もない丸い枠といい、針のスペード形といい、秒針が赤いことといい、よおく似ているのだった。

ただし、あちらの秒針は音もなくスラ~ッと一回りしてくるが、うちのはコッチン、コッチンと、かなり重たげな音をしている。

けれどあれからもう35日も元気で動いているのである。しかも電波時計に負けないくらい正確で、今のところは何の問題も起きていない。いつしか「おはよ!今日もがんばってね」と声をかける習慣になってしまったのでした(^^)v

| | コメント (4) | トラックバック (0)

手も足も惜しみなく

1811242526_04311月末日に、今をときめく養老孟司氏の講演を聴く機会に恵まれた。ステージに現れたセンセイの頭髪はたっぷりのロマンスグレイ、黒いタートルネックと髪の色によく似たジャケット、長いおみ足。

右手にマイクを持ってるときは、左手はズボンの左のポッケの中に、左手にマイクを持つ時は右手は右のポッケの中に、ステージの右から話しかけたかと思えば、左から、、、時には白板に歩み寄りサラサラと板書なさって。軽妙洒脱にしてソフトな話しぶり。ひと言でいえば、とってもダンディーなおじさまでした。

講演の内容といえば、石炭、石油などのエネルギー問題、ブッシュ政権がなぜイラクにご執心なのか、マスコミのいうことを鵜呑みにしないこと、、、など盛り沢山であった。

脳に関する話でとりわけ興味をそそられたのは、手や足が運動をしなくなると、脳から何も出てこなくなる、という話だったろうか。実は私は、1週間くらいの間、旅行にでかけて、その間ずっとご飯炊きから解放され、つくづくとシアワセをかみしめていたのだった。人様の作ったご飯をよばれるだけだなんてシアワセー!!

けれどもセンセイの話によると、手も足も惜しみなく使ってこそ、脳も活発に活動するようになるのである。料理をするというのは体力的にも大変なことだが、実は知的な作業でもある。冷蔵庫や冷凍庫の在庫を考え、何を作ろう、どういう手順で作れば、手早く効率よくできるか、賞味期限はどうだ、材料を無駄なく使い切るにはどうしたらよいか、、、。熱いものは熱く、冷たいものは出来るだけ冷たくして提供するには時間の配分も配慮せねばならない。

などなど考えることは際限もなくある。そうだ、脳のために一番良いことは、ご飯を真面目に作ることだ。身も心もアタマも惜しみなく使ってこそ、第三のステージ、つまり老年を輝かしく生き抜くことができるのではないか。

養老センセイの講演を聴いたおかげで、老人3人世帯の食卓もちょっとばかり華やかになったような気がしておりまする。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

悪い夢をよい夢に

1811242526_002_2 1811242526_007_4先週末は兄、姉、その婿さんたち一行7人で京都、奈良を巡った。私たちは冬装束で身を固めていたのだが、ほんわかと小春日和だった。天も私たちに味方したのかしらね。タクシーの運転手さんも「ホンマは今日は、雨でしたん」と言っていたのに。

東福寺の紅葉はうわさに違わず、美しかった。見上げた紅葉も見事だったが、下に落ちている葉っぱも捨てがたく、沢山拾ってきて、それらは今、新聞紙にはさんで17キロの漬物石で重しをかけてある。

嵐山もきれいだったが、この秋最高の人出らしく車は遅々として動かず、私たちは桂川の土手を歩くことにした。川面を渡ってくる風は清々しく、渡月橋を渡るのは心はずんだ。近くにある美空ひばり記念館もちょっとだけ覗いてみる。もみじをモチーフにしたハンカチはお土産にいいな~、軽くて。

次なるは鹿苑寺金閣へ。そこは差し込んでくる夕日に映えて、まばゆいほどに輝いていた。観光客から感嘆の声があがった、、、が私はここでも落ち葉拾いに専念する。さぁ、ちょっと寒くなってきたからそこの紅い日傘の下で、熱いぜんざいをよばれまひょか?

私たちは6時30分にライトアップされるという清水寺へ行きたかったのだけれど、これは運転手さんにあっさりと却下された。車も人も動かないのだという。

翌日は奈良めぐり。早くに迎えに来てくれたタクシーの運転手さんは長身にしてハンサム。ガイドぶりもなめらかでぴったりと張り付いて説明を聞くことにする。まず東大寺へ。あまりに広大なので困ってしまう筈だが、ガイドさんが上手にエスコート。大仏殿の柱の下方にある、大仏様の鼻の穴の大きさだと言う穴をくぐりぬけてみようか、という気になりかけたがやめておく。興福寺と猿沢の池の水面に映った五重塔もきれいにカメラに収まった。

天理教本部にもお参りした。翌日がお祭り日だというので沢山の人で賑わっていた。磨きこまれた長い廊下を歩いているうちに、人波に紛れて姉たちの姿を見失ってしまった。ワァ~、どうしよう、自分が靴をぬいで上がった所さえわからないでいるのだから、、、。と青くなりかけたら会えた。もう、黙ってトイレに行かないでよね。

次なるは法隆寺へ行く。拝観料は千円也で一番お高い。見るべきものが沢山あるので忙しいが、ガイドさんに従っていけばよさそう。フランスのシラク大統領が気に入って惚れぼれと眺めたという百済観音像は八頭身で美人の優美な観音様であった。けれど私は、夢違(ゆめちがい)観音像に心惹かれた。この観音様は悪い夢をよい夢に変えてくださる観音様なのだそうだから、日夜拝んでいたいくらいである。ロマンあふれるこの観音様はちょっと小太りのオバサマに見えた。

翌日の昼過ぎ、私たちは、京都駅で西と東に別れた。来年の今頃また、どこかへ行こうね、と約束した。平均年齢は65歳の意欲的な旅だった。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »