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もったいない精神でいこう!

_003_2 数年前にテレビで見たのだけれど、ロシアの女の人だったか、海岸に流れ着いたビンをかかげて、「これは私のものよ!私のビンよ!」 と叫んでいる人がいた。それ以来、私はビンというビンを捨てられないヒトになった。

中身がなくなったビンのラベルをきれいに剥がし、ビンの中を消毒して、つくづくと眺めると、ビンというものはそれぞれにいい表情をしているものである。そうこうしているうちに私はまたたくまにビン長者になってしまった。

私は輪ゴム一個も見過ごせないヒトである。なにかの会合に出席してお弁当がでたとする。人々がどうするかさりげなく見ていると、ほとんどの人は食べ終わった弁当にふたをし、かぶせてあった薄っぺらの紙を乗せると、輪ゴムでとめてゴミとする。あら~、どっこもどうも傷んでいない輪ゴムをどうして捨てるの? 気のおけない人だったりすると私は「その輪ゴム、ちょうだい」と言って回収してくる。

お弁当に使った割り箸のことだけれど、、、。あれはもう少し寒くなったら、うちで使おうとしている薪ストーブの格好な燃料にならないだろうか、と思うが「その割り箸ちょうだい」 とはなかなか言えるものではない。

立派な紙に印刷された文書がいらなくなって、その裏が十分に使用可能だとていねいに取っておくのだが、もうこれも増えるばかりで減ることはない。メモ帳だったらもう十分にありますからあとはどうしたらいいんでしょう?

なにかで読んだのだけれど、江戸時代は徹底的な循環型の社会だったそうである。なにもかも使い切る工夫をするのが、粋な暮らしであって、便利になり過ぎないようにわざとコントロールしたそうなのである。私たちも一度タイムスリップして、江戸時代の人々にいろいろと教えてもらった方がいいのではないだろうか。

写真は‘みせばや’です 

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救急車を呼ぶときは

二年前の今日という日は思い出深い日である。その日はオットは留守でハハもまた留守で、家には私と高校三年生のムスメがいた。

夕飯が済んだ後、私は食べ頃をすぎてクタッとなりかけたバナナを見て、バナナケーキを作ろうと思い立った。オーブンで焼きながら皿茶碗を洗い、のちにテレビを見ながら大量の洗濯物をたたもうではないか、というつもりだった。

エンゼル型二個にタネを流し込み、オーブンに入れスイッチオン。これから洗いものをしようぞ、というときに、何故か頭がフラフラしてきた。あれーっ、心の臓もバクバクしてきたぞ。ウゥ!吐き気もしてきた!

私は受話器をもつとヨロヨロと歩き、押入れの戸を開けて、ずるずるとふとんを引きずりおろし、お手々はバターでヌルヌルのまま横たわった。さぁ、どうしたらいいのだろう?心筋梗塞か脳梗塞を起こしかけているのだろうか?

救急車を呼んだほうがいいのかなー。しかし私はその時はっきりわかったのだが、人はほんとうに具合が悪いときには、電話で助けを求めることすらできないものなのである。二階にはムスメが大音量でなにやらやかましい音楽を聴いているのだが、ムスメにちょっと来て!と言うことさえできずにいた。

救急車に来てもらうにしても、、、と私は思った。台所は混沌として皿茶碗、ベトベトのボールなどが流しの中にてんこ盛りであるし、居間にはたたむべき洗濯物が三山ほどもある。それに私ときたら汚い格好で河岸のマグロのごとく転がっているのであるから女の美学が(!)、、、どうしても抵抗するのであった。救急車に来てもらう時は、家の中は整然と片付いてあらまほしきものである。

それからまた思った。もしかしたらこのまま死にゆくかもしれないのだから、その前にオットにひと言ごあいさつをした方がいいのではないだろうか。「長い間お世話になりました、有難うございました。あとは良きように計らってください、、、。」

それからやっとのことでオットの携帯に電話した。「なぜだかわからないけど具合悪いのよねー。救急車に来てもらおうと思うんだけど、家の中があんまり散らかってるからハズカシクテ、電話できないの」

オットは最愛の妻の、(かどうかは確認していないのだが)一大事だと聞いて急ぎ博多港から五島行きのフェリーに乗ることにした。そして私はといえばそのあと眠り込んだらしいのである。そして翌朝ふつうに眼が醒めた!

わ~よかった~生きていて! それに救急車なんか呼ばずにすんでよかった! それにしてもどうして突然あんなに具合が悪くなったのかしらね。

あとでムスメが言っていた。お母さんが死んでもあまり困らないけど、お父さんに死なれたら困るな~、と思ったと。せっかく受験勉強してるのに、学資が無くなったら自分の夢のキャンパス・ライフがおじゃんになる、と思ったらしいのである。  ったくもう、ムスメもムスコも育て甲斐がないとはこういうことかしら?

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小百合さんと‘おはん’

Photo 私はいつから、といえないくらいずっと前から、吉永小百合さんファンである。机の前にはにっこり笑った小百合さんのポートレートを貼っていて、勉強する代わりに、飽きず眺めていたものである。

数年前、本屋さんの店頭で小百合さんの写真集を見たときには、一瞬買おうか、と思ったのだが、お値段を見て、、、やめた。

けれどその時、その写真集をパラパラと見て思ったのだが、小百合さんて、どうがんばっても、お色気タップリという訳にはいかないなー、という感想をもったのだった。

小百合さんは私からみれば、いよッ、大和なでしこ!日本の良妻賢母!という感じなのだ。(もっとも小百合さんは母にはならなかったが) だから小百合さんに、さぁ、芸者さんの役、今度は娼婦(!)の役をおやんなさい、といってもそれは所詮無理な話なのである。

さてその私の大好きな小百合さんが、宇野千代著『おはん』のヒロイン‘おはん’を演じた、とさるところで読んだので、『おはん』」ってどういう物語なのか興味を持って早速読んでみた。

『おはん』は 「よう訊いてくださりました。私はもと、川原町の加納屋と申す紺屋の倅でございます…」で始まる書き出しの、今では芸者屋のおかみ(おかよ)に養われ、別れた女房とは忍び逢う頼りない男と、その女房(おはん)の三角関係を描いた小説である。

‘おはん’は夫に去られたあと、一人息子とともに実家に身を寄せていたが、ある橋のたもとで夫に再会して以来、夫のもとへコソコソと人目を忍んで逢いにいくようになる。そしてそのことが大きな悲劇を生むことになるのだが、、、。

私たちはふつう、小説を読めば、作者が語る言葉を手がかりに自分だけの明確なキャラクター像を形成する、と思う。しかしそれが映画になったりすれば、演じた役者とのイメージがどうしてもズレてしまうのではないだろうか。

小百合さんみたいな、しっかり者でソツがなく、優等生にして賢婦人、というイメージの人が、おはん のようないわば、かすかな風にもそよいでしまうような、はかなげな女を演じることができるのだろうか。(小百合さんは演技がへたで、と言ってるわけではないのですヨ)

映画では、おはんはいつも青い系統の縞の着物、おかよは、紅い色の大柄の着物を着ているそうである。小説と映画ではずいぶんと雰囲気がちがったものになっていると思うけれど、それはそれとして楽しめばよいのである。小百合さんの‘おはん’を早く見てみたいな~。私はなんといっても年季の入った小百合さんファンなのである。

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アイリッシュ・セッターとポメラニアン

私のうちの近くの家で、アイリッシュ・セッターという種の大きな犬を飼っていたことがある。(トムと名づけておこう) トムは茶色の、毛足の長~い、ふさふさした毛の持ち主で、家の人たちからたいそう可愛がられていた。夏の暑い日には、こんな立派な毛皮を着ていてはさぞ暑かろうとて、冷房のきいた部屋で過ごさせてもらっていたし、食事時には家族と一緒に生肉など貰って食べていた、、、とそのうちの人から聞いていた。

数年前のある日のこと、そこのうちのおばあちゃんが、なにかにつまずいて、ヨロヨロとこけた瞬間、それまで悠然とねそべっていたトムが、スックと立ち上がり、いきなりおばあちゃんの顔に噛み付いたのであった。

おばあちゃんを襲撃したトムがどんな罰をうけたのかは……よく聞いていないのだが、トムの姿が見えなくなってすぐに、そこの家では、小型犬のポメラニアンが飼われるようになった。

そのポメラニアンは(ポニーと名づけよう) とても愛嬌があって可愛いのだが、、、とにかくよく吠えたてる。私がたとえば隣組の当番になって行けば、玄関に近づいただけで、キャンキャンとなきたてる。玄関の戸を開けてすぐそこにいるのかと思えば、実は家の奥の方で、姿もみせずに大騒ぎしているのである。小心で臆病なのね?

そういえば、、、あのトムはほとんど吠える、ということがなかった、と私は思う。家の中のどこかにいたはずなのに、誰かが玄関に立ったからというので、吠え立てる、ということはなかったような気がする。いつか庭の草取りをしている時に、トムが低音の野太い声でワン!と吠えるのを聞いたことがあるが、それ以外には記憶がない。

トムがいなくなる前、立派な毛並みのトムを従えて、散歩をしていたおばあちゃんは、今では電動の三輪車(正確にはなんというのか) に乗って、そのあたりを行き来している。家に帰れば、ポニーがやかましくシッポをふって、歓迎しているだろうか。ポニーよりおばあちゃんの方が断然強くて、「もおッ、うるさいんだから」とかいって、足で蹴飛ばしたり、していないだろうか?

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エコ廃油石鹸のススメ

Pict0005 私のオットなるヒトは、なんでも勿体ながるヒトである。たとえば、うちの食卓に数度にわたって上がったものを、「もう、これはボツ!」 と私が宣言したとする。すると必ず言うのである。「ボツ? ダメダメ、勿体ないから取っておいて。アタシが後で食べる。」

しかしながらその後の食事で「あれは?」と聞いたりはしないから、もうすでに忘れ去っているのだな、ということがわかるので、こちらの裁量でいいようにすることにしている。

そういうふうであるから、うちでは野菜や、果物の皮、魚の骨、食べ残しなどすべて勿体ながって、生ゴミとしてださずに、土に還るよう、いろいろと努力をしているのである。

さてオットにとって、使い古した食用油をどう始末するかは長い間の懸案事項であった。私はなにかというと、天ぷらをする。冷凍庫にイカやエビ、魚の切り身など常備しておけば、あとはちょっとした野菜があれば不意のお客にもすぐに間に合う。というわけで、ひんぱんに天ぷらをすることになる。

今年のはじめ頃であったか、オットはどこで学習したかは聞いていないけれど(多分ネットでかな)カセイソーダを使って、廃油石鹸を作るようになった。見ていると意外と簡単で、材料は廃油と水とカセイソーダだけである。ただし製造過程で熱をだすために、注意深くしないと危ない。

かくして廃油石鹸は次から次に生産されるようになった。牛乳のパックに入れておけば、いつしか固まって、それはちょうど、その昔、実家でも使っていた資生堂の花椿の固形石鹸のような風情であった。

ところが私はなぜか、この石鹸が気に入らず、横目で見ながらもちっとも使う気になれないでいた。ほかにもバザーで貰ってきた廃油石鹸が沢山あったけれど、使わないものだから、、、当然のことながら、、、減らないのだった。

しかし転機はやってきた!ある日のこと、使っていた合成洗剤が尽きてしまったのである。買い物に行っても買い忘れ、クレンザー類で洗っていたが、それも底をついた。

そしてとうとう、在庫の山になっている廃油石鹸に手が伸びたのだった。使ってみると、これがよく泡立ち、食器などきれいになるのだった。バターでベトベトになっているボールがなんなくきれいになったのもまるで魔法のようだった。

さてそれからというものは、私はうちのサロンに遊びに来る人誰彼もなく、この廃油石鹸を勧めるようになった。「まぁ、いいから使ってみて!」と強引に持って帰らせる。すると少しずつ愛好者がでてきたのである。在庫の山だったのがいつの間にかなくなってしまっていた。

先日、スーパーのレジで待っていたら、すぐ前の人が油を固めるもの、凝固剤を10個買っていた。この人は油を固めて捨てる気なのだな~、と思うと胸が痛んだ。けれど、「その油、捨てるんだったら私に下さい」 と言う勇気はなかった。作務衣のようなものを着て、飲食店かなにかしている人のように思われた。見ず知らずの人でなかったら 「今度、貰いにいくからねー」と言ったかもしれなかった。

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当世離乳食事情

_012_2 うちの子供たちが生まれて、二ヶ月たったら、刺身を食べさせました。と言えばたいていの人は驚愕のあまり、卒倒しそうになる。いけませんよー、そんな無茶なことしてぇー、一才になるまではそんな生の魚を食べさせたりしてはー。と言われる。そう言われてもこのことは、はるか昔に終了したことなので今さらどうしようもないことなのだ。

しかし、30数年前、私のお取り巻きのババさまたち(親類縁者、ご近所の)は確固たる口調で言ったものである。「よかと。五島の刺身は、消化が良くて、栄養が良くて、食べさしてよかとバイ」……(そういえばこのババさまたちもすでにこの世の人ではないな~。)

それで私もそうかな~と思い、小さく切った刺身にお醤油をチョンチョンとつけて、食べさせたものである。「ワー、オイシー、モット!」と言ったかどうかわからないが(なんといってもまだ生後二ヶ月ですからね、)喜んで食べ、コックンと飲み込んだものである。それでおなかが痛くなったり、下痢をしたり、ということはまるでなかった。

そういう話を、栄養大学を出て、ただ今、可愛い息子に離乳食を食べさせている、という知り合いのヤンママにしたところ、驚き呆れていた。彼女は息子の食べ物には細心の注意を払い、一つひとつ手作りし、市販の離乳食なども積極的に購入している、ということだった。

私などは、これといった特別なものを作った覚えはひとつもない。大人の食べるものを少しばかりのばして薄味にしたり、固形物はスプーンの背でつぶしたりしたくらいである。それでも首尾よく大きくなってくれて、これで親の責任は半分以上、果たしたつもりになったのである。

さて、「生後二ヶ月で刺身を食べさせても、全然問題ありません!」といくらこの私が声を大きくして言っても、「それでは」と実行する人はいないのだろうな~。  首尾よくいけばうちには3人のヨメハンが来ることになるだろうけれど、ヨメハンも「おかあさまのおっしゃることであれば、、、」なんて可愛いこというような、そんなケナゲなヨメハンがこの世にいるとは、、、考えられませんね!

写真は、塩アゴ(とびうお)を干しているところです。いいお天気ですぐに乾きました。

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