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新潟美人のMさんのこと

 今から40年くらい前のこと、私は埼玉県のK市に住んでいた。K市はこの頃では東京のベッドタウンとして発展して、マンションが建ち並んでいるそうだけれど、当時は水田が広がる中を元荒川が悠然と流れ、両岸には葦が生い茂り、白鷺が優美に舞う、のどかな田園地帯だった。

 その川のほとりに親戚のものが経営する病院があり、私はそこの看護婦寮に住まわせてもらって大学に通っていた。その病院に婦長として働いていたMさんはとても美しい人で人柄もよく、きびきびと立ち働くさまはまるで白百合のごとく、年の頃は50歳前後だったろうか、魅力的な人だった。

 Mさんは‘待つ人’としても有名だった。Mさんの夫は出征したまま生死が確認されていなかったが、いつかきっと会えると信じてひたすら待っているということだった。病院のドクターや、世話をした患者さんがMさんのことを気に入って何人もプロポーズしたそうだが、バッサバッサと断り続けてきたのだそうである。「なんだかすぐそこで 生きてるような気がしてー。」とMさんは言っていた。

 そんなMさんが夏の暑い日に白っぽい日傘をさして出かけて行った。古い友達に会うのだと言っていた。そして帰って来たとき、Mさんの美しい顔は蒼白でその手は小刻みに震えていた。Mさんはなにも言おうとしなかったし、私たちもなにも尋ねなかった。

 その日の出来事についてMさんが語ったのは何ヶ月も経ってからだった。Mさんと友達がよもやまの話をしている時、友達は言った。「ねー、あなたは今までこうして一人でがんばってきたのにねー、彼ったらねー、さっさと結婚したりして!」

 Mさんは「彼って誰のこと?」と聞いた。すると友達は驚いて叫んだそうである、「あなたって、知らなかったのぉー?!」

 なんということか、Mさんの夫は戦地から戻ってきて、Mさんが働いていた病院、及び宿舎のあたりが灰燼に帰しているのを見て、もうMさんがこの世の人ではないと判断してしまったのだという。そしてほどなく結婚したのだった。そしてすぐそこ 、Mさんのいるところから電車で30分もかからないところに、新しい妻と娘二人とともに暮らしている、ということがわかったのだった。

 Mさんの友人たちは誰かがそのことをMさんに教えたハズ、と思い込んでしまっていた。けれど誰もMさんに教えた人はいなかったのである。しかもMさんと会って話をする時、深い思いやりの心から誰も、Mさんの夫の新しい家族のことについて触れようとしなかったのであった。Mさん一人が何も知らず、降るような縁談を断り続けながら待っていたのだった。

 その日のことをMさんは言っていた。「あの時ねー、まるで煮え湯を飲まされたような気がして涙も出なかったのよ。どんなふうにして帰ってきたのか、全然、覚えてないの。」  そんなことがあった数日前に、長い間、Mさんのことを待ってくれていた男の人に、やはり結婚できません、と伝えたばかりだった、とも言っていた。

 私は未練がましく言ってみた。「もうそのかたとはチャンスはないんですか?」  するとMさんは笑いながら言った。「もう、終わったことですからねー。」

(さてこの話には続きがありますがそれはまた今度、書かせて頂きます。)

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あゝ夫婦」カテゴリの記事

コメント

 戦争にまつわる悲しい話 たくさんあるね 帰ってくるか来ないか わからん人 待つのは私には出来ないですね しかも、無期限だからね
私たち 戦後生まれの、人もたまには、鹿児島の知覧にでもいって 戦争の、悲しい記録見るべきですね 知覧から飛び立つ少年達の家族に当てた 手紙など 胸が痛みます それに比べたら 今の私の悩みなんて ちっぽけなもので 恥ずかしい また機会があれば 知覧を訪ねて 病みかけた 心をりセットしたいと思います またはなしの 続きをお願いします 
 

投稿: | 2006年8月18日 (金) 10時45分

是非続き読ませて下さい。良い話でした

投稿: | 2006年8月18日 (金) 11時49分

なぎささん凄い。今までの全部拝見しました ちゃんとしたエッセイストじゃないですか 凄い凄い びっくりしちゃった 石鯛君もいつも本読んでます。石鯛君いつも三冊ほど同時進行で読んでます。その中の一冊は、必ずエッセイです。さらっと読めるし 著者の人柄、考え方、環境など、垣間見えて、最高です。題名のつけ方も どんどん良くなって いますね。これからも、楽しみにしてますよ。五島の 素晴らしさとか どんどん お知らせください。

投稿: 石鯛君 | 2006年8月18日 (金) 12時55分

匿名さまへ
私はまだ鹿児島の知覧へは行ったことありません。あそこから優秀な才能あふれる若いひとたちが飛び立って、尊い命を散らしていったかと思うと胸が痛みます。いつか行ってみたいと思いますが、おそらく涙、ボーボーではないかと、、、思いおります。

投稿: なぎさ | 2006年8月18日 (金) 14時12分

石鯛君さま

今までの分、全部読んでくださったそうで有難うございます。半年前の3月の終わり頃から始めたブログですが、はじめは一体何を書いてよいものかわからず、右往左往しておりました。


コメントゼロの孤独にも耐えよう、と覚悟しながら書いていますが、こうして嬉しいお便りを下さると、誰かが読んでくださっているのだな、ということがわかって心から喜んでおります。

投稿: なぎさ | 2006年8月18日 (金) 14時25分

台風直撃、、、大丈夫?
ナベショーはS44年から11年 埼玉のK市の側に住んでいた、、

投稿: ナベショー | 2006年8月18日 (金) 16時07分

ナベショーさま

台風は雨戸を閉めないですむくらいの、ほどよい風と雨にてございますよ。

K市のあたりを足掛け6年あまりウロチョロしておりました。袖振り合うも多生の縁で、もしかしたらナベショーさまとどこかですれ違いましたかも、、、。気がつきませんで残念でございました^^;

投稿: なぎさ | 2006年8月18日 (金) 21時25分

わたしもね~
気がつかず、残念なことでしたよ
電車の中では、いつも酔っ払って、居眠りして、駅乗り過ごし、、、、
だってさ~ 
その頃はさ~ 
仕事しかさ~ 
関心なかったんだ~

投稿: ナベショー | 2006年8月19日 (土) 22時01分

そういえば前田 吟に良く似た人が酔っ払って寝てるの、見たような気がしてきましたぁ~。

投稿: なぎさ | 2006年8月19日 (土) 23時34分

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