« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

佐賀のがばいばあちゃんに乾杯!

_005_1 福岡に住んでいる伯母が「こんなにおもしろい本がありますよ~」と電話をしてきたのは2ヶ月くらい前のことだったろうか。

それは島田洋七著 「佐賀のがばいばあちゃん」シリーズであった。私達はそれ以来家族こぞって がばいばあちゃん のファンになってしまった。

がばいばあちゃんとは島田氏の祖母にあたる人である。夫亡きあと7人の子供をかかえ戦後の混乱の中を、たくまざるユーモアと知恵と才覚とで生き抜いた、いわば肝っ玉母さんなのである。

それは映画化されて先日、東京、大阪に先駆けて福岡で上演されたのだが、うちの母、(正確にいうと夫の母ですね)も張り切って見に行った。映画が終わったあと島田氏のちょっとしたスピーチがあったそうなのだが、その後ロビーに出て、島田氏の姿を見かけた母は、足の痛いのも忘れ追いかけて行った。

そして「先生のご本、3冊読みました!」と言って握手などして貰ったそうなのである。(実はその時まだ2冊しか読んでいなかった!)

戦後の混乱期に苦労をした母はゴマンといたであろう。けれどこのおばあちゃんは決して泣き言など言わず子供や孫にいつも「笑顔で生きんしゃい」と教えて育てたのである。それにまたそのユーモアのセンスが抜群なのである!

なにかあるとすぐにヘコンデしまう私だが佐賀のがばいばあちゃんを見習ってどんな時でも 「楽しく生きる術」をみつけなくては、、、。

「がばい」って佐賀弁で 「すごい」 という意味だそうですよ。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

エスケープ症候群に関する考察   紫蘭

_019_1 紫蘭はとても美しい花である。10年前に友達から貰ってポルトの木の根元に植えたときはたったの3株であった。三月の終わり頃草取りをしている時、新芽を数えたらなんと105本もあった。しかもつつじの植え込みの中からもツンツンと芽を出しているのであった。

これは困ったなー、 この調子では今にこの庭は紫蘭に占領されてしまうであろうと危機感を募らせた私はかなり乱暴に新芽を引き抜いたりしたのであった。それでも月満ちて、、、私の意地悪を知っているはずなのに紫蘭はこうして立派に花を咲かせたのである。

園芸用語に エスケープ という言葉が使われるそうである。植物が生育者のコントロールがきかないほどにはみだしてしまうことだそうである。うちの紫蘭もエスケープしていることになるのだが、よく考えてみると紫欄はべつに悪気があってしているのではないのである。私達が寝ているあいだにジワジワと根を張っていったに過ぎないのである。それなのに私が「ダメよ!ツツジの方へ行ったら」なんて勝手なことを言っているのである。

しかし私は気がついたのである。生育者のコントロールがきかないほどにはみだしてしまうのは植物ばかりでなく子供達だって同じようなものであるということに。「そっちはダメよ、こっちへいらっしやい!」と私がいったとき「はい」と素直に言うことを聞いたのは子供達が幾つくらいの時までだったのだろう。

幾つの時、と言えないくらい早くから子供達は思いおもいの方向へ地下茎を伸ばしランナーをのばし好きな方へ行きたがっていたのである。それなのに私ときたら「そっちへ行ったらだめ!」などといつまでも言っていたのであろう。

それならば 「子育て用語」として 「エスケープ シンドローム」の概念を定着させれば理解は早くなるのではないだろうか? 子供達の行動を見て、理解に苦しむことも多いのだが「あ、あれはエスケープね!」と気がつけばお互いに無駄な葛藤をせずにすむ、、、というものである。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

ほったらかしててごめんね アボカドの木

_006 _007_4              このところブログ上ではアボカドがクローズアップされているので私は急いでアボカドの鉢を見にいった。庭の隅にションボリと立っていたアボカドの木をよいしょと広い所に連れてきて、葉っぱの埃を拭いたり根元の草を引いたり水をかけたりとかいがいしく世話をした。

アボカドの木にしたら「なんで今頃になって私のこと振り向いたの?」と言いたくなるかもしれない。今までずーっと日陰の身で忘れ去られていたのに、にわかに陽の当たる場所に引き出され、さ、写真を撮るんだからきれいにしましょう、とかいって大事にされはじめたのである。この世の有為転変を身をもって味わっている事であろう。

さてこの木は4年まえの6月に種を埋めていたものである。5個の種は首尾よく発芽してスクスクと大きくなっていたのだが、冬の寒さに耐えられなくて二本はすぐに枯れてしまった。私がもうちょっと優しい人であれば、寒くなってきた時家の中に入れてやっただろうが、私はあまり優しい人ではないので放っておいたのである。

その頃私はアボカドの種を、ヒヤシンスの水栽培みたいにして育てたことがある。窓際において観察日記まで書いて眺めていたある日、硬い皮がポッカリと割れて、小さな根が伸びてきたのだった。それからやがて可愛い芽もでてきて私達を楽しませてくれたのだった。

そうだ、またヒヤシンスのガラスの鉢で育てよう、と思った私はアボカドの種をガラスの口に置いてみた。ところがそれはちょっと小さくて、中にポチョンと落ちてしまったのである。やはり二個で158円のアボカドの種では小さくて無理ということですね、せめて128円か150円のアボカドの大きさでないと、種はスルリと水没してしまうことになるでありましょう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

シャガールの妻、ベラは

_013       

画家にとって美しい霊感源であり、

勝手知ったる助手であり、

最良の理解者であり、

もっとも恐るべき批評家であり、

こまやかな秘書であり、

語彙豊かな通訳であり翻訳者であり、

交渉上手なマネージャーであり、

人脈豊かな外交官であり、

有能な家政婦であり、

しかも愛すべき妻で、二人の間に生まれた子供のやさしい母であった。

                       (日経 美の美 より)

こういう女性がほんとうにこの世に存在したのでしょうか?信じられな~い('_')

| | コメント (7) | トラックバック (0)

ハーイ!なぎさって呼んでね!

_008_3 何十年ぶりに英会話教室に行くことにした。これは町の教育委員会の主催だからフリー、つまりタダである。

はじめはなんといったて自己紹介から始まるはずだからいろいろ準備していくことにした。さぁ、名前は、、なぎさってよんでね、と言おうか。Call me Nagisa,please. でどうだ。趣味は草取り といっておこう。家はすぐ近くですから歩いてきました。と言おうかな。歩いて、、、ってどう言うのかな? 和英辞書やら英作文の本やら調べて on  foot でいいんじゃないかな~ということに落ち着いた。

万全の備えをして赴くとそこにはシエラ・ケリーという若い女の先生(高校で英語を教えている)がすでに来ていて、あとから受講生が6人集まった。

さぁいよいよ自己紹介が始まり私はすかさず、なぎさって呼んでね!と言った。するとその中で唯ひとり顔見知りのSさんが 「なんであなたが ナギサ なの?」という顔をしたのがわかった。しかし今はまだ「なぎさという名で出ています」と発表する時ではない。あっちを向いて気がつかなかったことにした。

自己紹介のあとは自由におしゃべりすることになった。6人のうち3人がお出来になる方、あとの3人がお出来にならない方、(なぎさは後者である)であることはすぐにわかった。それで優等生3人プラス先生が小鳥がさえずるごとくに談笑するのを我々3人はウットリとして眺めていたのである。時々Sさんと「今は~について話してるんじゃないの?」とかいいながら、、、。

帰り際になにかテキストがあるのかどうか聞いてみた。そんなものは何にもなくて手ぶらできていいそうである。先生がなにか準備をしてくることもあるし、ゲームをしたり、ビデオを見たりすることもあるそうだ。

なんだか楽しかったから来週の水曜日もまた行こうかなー。これから水曜日は忙しくなるぞ。朝早くから テレビで「新感覚英会話」があって、次いで栗原はるみさんの「トピックス」、そして 「いまから出直し英語塾」というのがある。夜はおでかけ英会話である。

だとすると水曜日の晩御飯はカレーに決まりね。いつも質素、簡素を旨としてるからだれも文句は言わないと思うけど。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

夢は 飛鳥 に乗って~♪

_021  先日、急用ができて朝一番の高速船に乗ることになった。その日は風が強くて海がシケていそうなことはわかっていたが、切符を売るお姉さんが「海上はシケていますのでお手洗いなどはすませてからご乗船ください」といったときにはしっかり覚悟をしたつもりであった。

しかしそんな覚悟も吹っ飛ぶほどに海はシケていて1時間半ほども地獄の底で伸吟していたのであった。はぁ~やっと着いたみたい。人々は「大分シケてたねー」とか言いながらテキパキと毛布をたたんだり、枕を所定の位置にしまったりしながらサササと降りていった。私はといえば河岸のマグロみたいに横になったまま打ちのめされていた。

すると船のおじさんがいった。「おくさ~ん、ころがって こっちまでこんですかぁ~。」                 

なんと非情なことを言うのか?!  河岸のマグロに出口まで転がって来いとは!

さぁここでスックと立ち上がらねば女がすたる、というものである。私はよろよろと立ち上がりやっとのことで上陸したのであった。その生涯において船になど乗らずに過ごせる人はその身の果報を神に感謝すべきである、と私は思った。

帰りの船はというと、まるで極楽で遊んでいるみたいに快適で鏡の上を滑るがごとくに船は進んだ。あら、もう着いたのォ?まだいいのにィ。帰ったってどうせ日常の些事しかしないんだからもうちょっと本でも読んでいたいよォ~。、、、とこの前我が身の不幸を嘆いたのも忘れ果てているのだった。

ほら、いつかブログで見たよねー、清水港に浮かんだ豪華客船、あれは多分 飛鳥 だよねー、あれに乗って世界一周の旅に出たいもんだよねー、誰か 「さ! これをお使いください!」なんて言って金一封差し出してくれないかしら。あり得るかもよ。よし、その日のために足腰鍛錬しとかなくては、、、。世界中の港に着いたら真っ先に飛び出してあちこち見て歩くんだからね! 一緒に行きたいという人、手をあげて!!

| | コメント (6) | トラックバック (0)

一人は最高!!

この連休中、家族はそれぞれ出かけてくれて、私は一人で家にいた。「一人でさみしいでしょう?」といってくれる人には「ええ!それはもう、、」と人並みなごあいさつをしていたが、じつは私は(大きな声では言えないが)一人が大好きなヒトなのである。一人、家にいるのは心が晴ればれとして解放感があってなによりも自由で楽しかったのである。

        家庭では外にいる時より努力が必要である。

        家族に対しては社会に対してよりもっと努めなければならない。

                                      曾野綾子

そうなのだ、家庭というところは大変に気難しい所なのである。安息の場所にもなれば修羅場にもなる。日々心して努めなければたちまちにして崩壊するであろう。

             そういうストレスだらけの場所から一時的であれ解放された_041のである。わたしはシミジミと幸せを感じた。

庭にさいているカモミールが風に揺れながら言ったように思えた。「一人でさみしくないの?」  「いいえ、全然!」とわたしは言った。するとカモミールの白い花たちが口々に言ったように思えた。「なぎささんたらさぁ~、ちっとも可愛げのないヒトなのね~、だんなさんから離婚されてもわたしたち、知らないわよ~!!」

一人暮らしはたまにはいいものである。ふだん考えもしないことを考えさせる時間がたっぷりとあるのである。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

ダイヤモンドはいらない

20年ほど前にこの家が建てられた時、台所の二方の窓はくもりガラスとでもいうのだろうか、不透明なガラスだった。外から家の中が見えないように、という配慮だったのであるが、私は楽しくなかった。外から見えないということは、中からも外が見えない、ということであった。一日の大半を台所で過ごす私は窓から外を見ていたかったのである。

そして去年の今頃、私はやっと決断を下した。「このガラスを透明なガラスに取り替えてもらおう、いくら費用がかかるかわからないけれど、ダイヤモンドの指輪を買おう、というんじゃないんだし、、、。」

ガラス屋さんに電話をしたらたちまちガラスは取り替えられた。うれしいなー、透き通ったガラス窓。青いそらに白い雲が流れていくのが見える、風にそよぐかいどう、おぉ、雨が降ってきたぞ、洗濯物いれなくちゃ、あらら、猫が魚を干した網にジャンプしているではないか!

ガラスを4枚取り替えたお値段は2万1千円であった。ダイヤモンドの指輪を貰ったこともなければ自分で買ったこともない私は、それがいくらぐらいするものか見当もつかない。けれど私にはこの透き通った窓の方がうんと値打ちがあるのである。

おー、今度はカラスが舞い降りてきてサカナを狙っているではないか。コラッ、と言って追い払わねば、、、。

   初生りの豆食うカラス追い払う

              自分の声に恥じらいており        吉野 チト

| | コメント (7) | トラックバック (0)

ストーブより煙突の方が高いだなんて

  (5月2日の続きですね)

さて2万円のストーブを見た私は言った。「えーっ、これってまるで潜水艦みたいね、息がつまりそー、ほら、こっちの窓の大きい方にしてよねー。赤い炎がチロチロと見えるのがいいのよねー、心が癒されるんだから、、、。」 とかなんとか言ってる時電話が鳴った。薪ストーブの会社のお兄さんからである。

ヒャクマンエーンの一言で私達は黙った。お兄さんが言うには、ストーブ本体よりも煙突の方がお値段が高いのである。そして煙突に付随する工事がまた大変で総額100万円くらいはかかるであろう、、、ということであった。

ウーーン、そうだよね~、耐火煙突って高いよねー、ちょっとばかり灯油を節約するつもりが、おうちを焼いちゃったら元も子もないんだもんねー。

薪ストーブライフの夢はあえなくしぼみかけた頃、T は言った。「部屋の真ん中でストーブを焚こうと思えば難工事であるが端に寄せればたいしたことはない。」

あら、そうよね~、そうすればマゴだってやけどをせずに済むかもしれないねー、グッドアイディアね! とミーもすぐに賛同し、それから力を合わせて電子レンジやらトースターやら移動させ、薪ストーブが鎮座ましますスペースを確保したのだった。

やれ、めでたし、めでたし。ストーブはヨコハマから送られてきた。(中国製である、日本製はうんと高いそうである。) レンガも買った。いまは左官さんが来てくれるのを待っているところである。

さてと、これから薪の備蓄を心がけねばならぬ。残り少なくなったら「おじいさ~ん、そろそろ山へ柴かりに行ってくださいな~!」と声をかけようぞ。なぎさばぁさんはどうしようかな~、ついて行こうかな~、やめとこうかな~。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

おじいさんは山へ柴かりにィ~♪

数日前の朝、夫が言った。(これからうちの夫のことは T  と表記することにします。)「 このところの原油の高騰ぶりを見よ。凍死しないためにもこれから薪ストーブを使おうではないか。」

私はその時、あら、おもしろそう!と思ったのであった。うちでもいよいよ薪ストーブライフが始まるのね。ターシャ・テューダーみたいに薪ストーブで煮炊きをしたり、パンを焼いたり、お菓子を焼いたり、、。(ターシャ・テューダーはアメリカが誇る偉大なる絵本作家にしてファーマー、そしてガーデナーである。) なんだかワクワクしてきたぞ!

だがしかしまてよ。 家の中で薪を焚く、ということは床は灰だらけ、天井及び壁はススだらけになる、ということではないか。 ただでさえババッチクして暮らしているのに、誰がこの灰やらススやら掃除してくれるというのか?!

そこで私は反対意見を述べることにした。「せっかく今のところ文化生活をしてるのに、逆行することないでしょう? それにマゴがチョロチョロしてやけどでもしたら危ないじゃないの!」  (実はうちにはまだマゴなど一人もいないのでアル。)

すると夫は、ァ、T  でしたね、Tはあっさりと言った。「もうネットで予約した、一番安い2万円のヤツ。」

      続きはまた明日か、あさってごろ書くことにします、ちょっと急ぐことできたものですから、、、。(マイ・パソコンないとやっぱ不便だなー。)

                  

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »